◆私が牧師として教会で語るメッセージで、ヨセフ物語は3度目になります。それは、私にとってヨセフの生涯は特に魅力のあるものだからです。かれに本来備わっている美しさのためだけでなく、その生涯はやがてすべての人を照らすまことの光を強烈に指向しているからです。
◆3月に沢田兄が大阪単身赴任から戻ってきた。沢田姉と共に会堂建築委員に加わってもらった。基本設計、土地地質調査が行われ、桃源台の土地に建てられる神殿建築計画は前進した。
◆(6月13日からの続き)会堂建築準備委員会は一つの委員会ではなく、1,資金計画、2,土地購入計画、3,会堂建築、4,返済計画という委員会の集合体と思っている。今回の会堂建築は、資金もない、土地もない、また同時に会堂を建てるため時間もないという計画であった。神は無から有を産み出す方である。今回の委員会は、全く無いところから始まった。まさに神の業を行ったものであったと確信している。
◆ 今回JOYチャペルが取り組んだのは、「単なる会堂建築ではない」「神様を礼拝する神殿建築である」竹田先生が語ってくださったとおりである。個人の家の一室から始まり、YMCAをお借りしての礼拝、ビルの一室を借りての礼拝と成長してきた。そして、「手狭でどうすることもできない」という叫びから会堂建築へ向かったのである。その間10年。返済をすることも会堂建築の一つである。とすると、教会を建てあげるのには、少なくとも20年は掛かるのである。教会員として礼拝を捧げつつ会堂建築に取り組むとき、それは「大変」ではなく、「神殿を建てあげる喜び」に変えていただけると確信している。2,30年で教会員が教会をいくつも建てあげる?。「建物としての教会」はできるかもしれないが、「神様を礼拝する教会」は一つか二つであろうと思った。これは主なる神への「一所懸命」の応答なのである。(「一生懸命」とは意味が違う)
◆2010年3月28日、礼拝後の報告の時間に宮崎英剛さんが前に出て、会堂建築委員を前に並べた。花束が贈られ、出席者からの握手が始まった。握手は全員が終わるまで行われた。この日出席できなかった、委員の石田敬さんには、次の週同じように行われた。とても感激した。委員に分からないように準備が進められた粋な計らいである。こういう事ができるのもJOYチャペルの素晴らしいところである。この日、ひとまず会堂建築委員の働きが終了した。
◆神が用意された自分の人生の目的を達成していくためには、世間一般で認められている考え方を再検討し、聖書の示す人生のイメージに修正していく必要があります。聖書は言っています。「この世の標準に合わせるのではなく、むしろあなたがたの心を一新させ、神に内側から造り変えていただきなさい。そうすれば神の御心を知ることができるようになるでしょう」(ローマ12:2)。
◆ペンテコステは、どのように起きたのでしょうか。この点が第二に注意を向けたい点です。「一同は聖霊に満たされ、"霊"が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話し出した」(使徒2:2〜4)。世界伝道が始まったのです。
◆次週はペンテコステ礼拝です。ペンテコステとは「50番目」という意味です。使徒言行録2章に「五旬節の日が来て」とあるのは、「ペンテコステの日が来て」と書かれているわけです。
◆ディボーションを継続させていくためには、さまざまな問題を克服する(対処していく)ことが必要です。
◆なぜ神との交わりの場所(ディボーション)が大切なのかについて、5つのことを見てきました。もし、神との交わりを持たなければ、自分の造られた目的とその特技をないがしろにするもとになります。主イエスが命をかけてくださって、与えられた、神との回復のみわざを拒絶することになるのです。その結果、イエスのように、神の力を受けることもできないでしょう。そして、神の働きに大きく用いられることもなく、霊的に弱く病気がちなクリスチャンとして生きることになるのです。





