今週の風景 No.287

管理人
少し寒かったです。
やはりGW明ける迄は暖房片付けれません。

20120422.JPG

今日は管理人的にはびっくりした偶然が重なりました。
3つ?4つ?
あくまでも重なった!シンクロした!と感じたのは私の主観ですのであしからず。

まず、今日の9:30〜
■奏楽者のデボーション
ここではいつも詩編の一日一章を使用していて今日は4月10日?だったかの箇所だったのですが、その中で登場した聖書箇所が第二コリント 5:17
はい、有名な箇所です。

『だから、キリストと結ばれる人はだれでも、新しく創造された者なのです。古いものは過ぎ去り、新しいものが生じた』
※新共同訳

10:00ごろ
■奏楽のリハーサル(練習)
今日の賛美曲のひとつを歌う
『誰でもキリストの内に』

賛美曲はメッセージ予告を元に賛美リーダーが選曲しているのでメッセージに整合されているのは当たり前ですが、デボーションと整合していたのでまず驚き

10:30-礼拝
■メッセージ
『キリスト、わたしの内に生きて』
ガラテヤ 2:19−21
ローマ 8:10−11

もともと迫害する側の人だったパウロさんからのメッセージ、
いずれも「キリストが私の内に生きておられる」

当然、デボーションと整合、いやデボーションが整合していたので驚き

■メッセージ聴きながら朝7:30頃の自宅でのデボーションを思い出す

「あれ?今日のClayの「今日の霊想」でパウロさんが登場したな〜」

そう、メッセージの中でパウロ書簡の話し、神学校の話しを聴いていて、朝読んだClayの箇所であまりに印象に残っていた「今日の霊想」のパウロさんに結びついて、なぜか独りで感動しておりました。
「すげー、なんかすげー、良く判らないけど、すげー、全部繋がってる!」


そしてメッセージエンディングで語った神学校の組織神学という授業でのエピソード

『燃えている信仰の火に水をかけて消される』んだそうです。
しかし、

「種火はついていますか?種火は残っていますか?」(神学校の先生)

うぉぉぉぉぉぉ!
深い!深すぎる!
しかし、なんかわかりやすい!(感覚的にですw)

なぜ種火なのか?とか、種火ってなんだっけ?どんな特性だっけ?とか考えて思考整理したかったところですが、ここは敢えて感覚的に納得・受け入れました。
偶然が重なった事でもう細かい事とか、ちっぽけな頭で考えて理解して飲込もうとかどうでもよくなっていたのでしょう。

そういえば頭で整理しないで感覚で納得したのは初めてかも。。。
きっと、あの「種火」がこれからのポイントになるんでしょうね。私にとって。


過去の記事