◆キリスト者というものは、「中断される人生」を特別な仕方でいま生きている人ではないでしょうか。日曜日ごとの生活において私たちは、日常生活の営みを断ち切り、いわば人生を中断して、礼拝の中へやってきます。
・家庭料理を食べてもらいたくて、先日我が家に一人暮らしの男子青年
(どちらも20代)二人を夕食にお誘いしました。
Yさんはこの春、気仙沼から転職して横浜で一人暮らしを始めたばかり。
バプテスマ(洗礼)をうけてまだ一年ぐらいのフレッシュクリスチャン。
Tさんはクリスチャンホームで育ち、小学校5年生の時バプテスマ(洗礼)を
受けたYさんからみたら先輩クリスチャン。
・Tさんのお母さんは大学で生化学を学び、大学研究室、製薬会社で働かれた後
50歳の時神様に仕える道を選び、神学校に入学され、たくさん、たくさん勉強
されて牧師になられました。
2012年10月から長崎県佐世保のI教会で働いておられます。
・Tさんから嬉しいニュースを聞きました。
Tさんの言葉
「母の教会で5月にバプテスマ式(洗礼式)があったんですよ。
母がバプテスマを授ける第1号でした」
わあ〜〜凄い!これは嬉しいニュースです。夫と私は飛び上がらんばかり!
すぐにホームページを開いてみました。
ありました、ありました、バプテスマ式の写真が載っていました。
教会ではこの事に代わる喜びはありません。
横浜からおめでとうございます!!
・ちなみに、このI教会のホームページではTさんのお母さん(牧師)と同居している
犬(フラッフィー)のひとりごとコーナーがユニークで楽しいです。
フラッフィーは東京暮らしではあまり元気がなかったそうですが、I教会に来てから
人が変わった(いえ犬が変わった)ように伸び伸び元気に生き生きしているそうです。
近所でも人気者らしい、牧師の働きの一役かっているようです。
◆教会の使命は、とにかく伝道することです。教会の活動はいろいろあります。しかし、中心には絶えず新しい魂を獲得することにあります。