今週の一面 『教会に大切なもの』5/31

Shin1

◆教会が成長してくると、いろいろなものが整えられ形作られてくる。教会をきちんと「運営」するにはそれも必要であろう。便利で効率的で効果的で、またいつもの変わらぬ姿に安心感も生まれるかもしれない。

◆しかし、そこに密かに忍び寄ってくるのは、それを守ろうとする人の心。それは、時として教会をまるで型枠にでもはめたかのように凝り固めてしまう。また人間社会の常識が幅を利かせてくると、主の自由なお働きに制約をはめるようになる。キリストのからだなる教会が、実体は人間様の教会となってしまうのだ。それなのに、それが主に与えられたものでそれを守り続けることが大切だと勘違いして、結局それに縛られ苦しみ、ジリ貧状態に陥る。こういう教会が結構多いのかもしれない。

◆大切にすべきは聖書の御言葉のみである。人の決めたことや作り上げたものなど、いつでも捨ててしまえばよいのである。というより、その固定化が進むと捨てるのも難しくなり、主のお働きの前に強大な壁となって立ちはだかるものとなってしまう。このため、そもそもそのような壁がつくり始められないように、常に注意していく必要があるだろう。

◆イエス様は想像をはるかに超える大変革をこの世にもたらされた。このような主の自由なお働きにより、人は自分自身を縛っているものから自由になり、そして何よりも罪から解放されたのだ。もちろん、JOYチャペルにこれから起こる主の自由なお働きは、具体的には一体何なのか、さっぱりわからない。しかし、教会は自分たちの(つなげられている)教会であって、自分たちの(所有する)教会ではないということをいつも心に留めて、主の自由なお働きを決して妨げることない教会として歩み続けていければと思う。それによって、まさに想像をはるかに超える恵みと祝福が与えられるに違いない。

宮﨑英剛

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