〜オリーブの香り〜No164 『賛美歌317番』

Shin1

1.ガリヤラの湖畔 山みどりに、
風かおるあたり、
主イエス平伏して いのりましぬ

4.思いわずらいに 身をやかれて 
なやめるわれらに、
すずしきみ声を きかせたまえ

次女が生まれて、名前を考えているとき、ふと目にとまった賛美歌317番。これだ!と閃いた。何のことはない、長女が「みどり」で、一緒の賛美歌の歌詞にあるというのも何かの縁だというわけで「かおる」と名付けた。

風は「かおる」何かを運んでくるのだろう。「かおる」ものも、「風」も目には見えないけれど、人間は確かなものとして感じることができる。目には見えなくても「かおる」何かをもった人として育ってほしいという願いを込めた。それこそ、神の与えた試練と計画の中で、様々のことが彼女の人生にふりかかったが、多くの人との出会いや助け、何より祈りによって支えられここまで歩んできた。繊細で、傷つきやすい心をもっているけれど、その分人の痛みや気持ちがよくわかる人間になったと思う。親バカかもしれないが。

先日、その娘が仕事の休みをつかって、わずかな時間帰省してきた。家の中に、何か暖かいものが漂った。丁度私は仕事の上では大事な時期で、それだけ気持ちも尖っていた時だけに、神様が娘を遣わしてくれたのだろう。

改めて、自分もそうありたいと願う。人に寄り添えるように、懸命になって人を理解し、決して相手そのものにはなり得ないけれど、相手の痛みを我が身の痛みとして感じながら、自分にできる応援を考えたい。言葉にならなくてもいい、何もできなくても、相手のことを祈っていたい。そうやって、自分自身が多くの人に支えられてきたのだ。

そのためにも、自分がまず「すずしきみ声」聴きとっていけるように、聖書を学び、祈り続けたい。

「信仰とは、望んでいる事柄を確信し、見えない事実を確認することです」(ヘブライ人への手紙 第11章1節)。

By とうちゃん

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