◆人生が毎日順風ならどれほど良いでしょうか。結婚するとき、子どもを育てるとき、中年の危機を迎えるとき、風が吹き波が打ち寄せるのが私たちの現実です。風が静まると、台風や地震が襲ってきます。人生の荒波に振り回されるのが私たちの現実です。
◆そして、高齢者になると失うという波(健康、体力、仕事、伴侶、友、栄誉・・・)が次々と襲ってきます。「私も、失うときには、失うのだ」(創43:14新改訳)。このことばは、若い時から力まかせに人生を切り開いてきたヤコブが晩年に口にしたものです。人生の悲哀を感じさせる痛切な響きを持っています。
◆あなたは今、人生の荒波の中にいるでしょうか。主イエスはその荒波の中で振り回されているあなたの人生のために祈っておられます。背を向けることも、眠ることもされません。あなたのそばで涙を流しながら見守っておられます。
◆私たちは苦しみをひとりで耐えるのではありません。私たちのため息を聞き、とりなしてくださる主イエスがおられます。苦しみの荒波の前で、私たちがこれ以上堪えられないときに駆けつけてくださる主イエスがおられます。舟がなければ、その方は水の上を歩いてでも、私たちのところに来てくださいます。
◆私たちの危機は荒波にあるのではなく、荒波の前で自分自身の力に頼ることにあるのかもしれません。荒波がすべてを食いつぶそうとするとき、主イエスに寄り頼んでください。その方の御声に耳を傾けてください。私たちの助けはその方から来ます。
石田政美