今週の一面『 生活の中の信仰 〜詩編34編から〜 』 1/8

Shin1

「どのようなときも、わたしは主をたたえ、わたしの口は絶えることなく賛美を歌う。」(1節)「どのようなときも」は、私たちの生活全体を表しています。私たちはそれぞれの生活の中で、神様とどのような関わりが持てるでしょうか。
☆神様は私たちの生活の中でどのように関わってくださっているか。
主は求めに答えてくださる(5節)。
主は脅かすもの(苦難)から常に救い出してくださる(5、7節)
主は良いものを欠けることなく与えてくださる(10、11節)。
主は従う者に目を注ぎ、耳を傾けてくださる(16節)。
主は悪を行う者を見ている(17節)。
主は心の打ち砕かれた者の近くにおられる(19節)。
主は悔い改める者を救われる(19節)。
主は従う者の骨をことごとく守られる(21節)。
主はしもべの魂を贖い出される(23節)。
主は、主を避けどころとする者を罪に定めない(23節)。
    ☆そのような主に対して、私たちはどんな姿勢で関わることができるか。
主をほめたたえる(2節)。
主を喜ぶ(3節)。
主の御名をあがめる(4節)。
主を求める(4、11節)。
主を仰ぎ見る(6節)。
主の恵み深さを味わう(9節)。
主の恵み深さを見る(9節)。
主に身を寄せる(9節)。
主を畏れる(8、10、12節)。
主に叫ぶ(16、18節)。

 以上のように、主が私たちに愛をもって関わり、働きかけていてくださることに対して、私たちが応じていく。それが信仰であり、それぞれが生活の中で経験することができるのです。日常生活は困難の多い戦いの場です。その中でクリスチャンとして生きることは必ずしも容易なことではありません。「主に従う人には災いが重なるが」(20節)とある通りです。しかし、そうであればこそ、生活の中で信仰に生きることの意味は大きいのです。「どのようなときも、わたしは主をたたえ、わたしの口は絶えることなく賛美を歌う」生活に身を献げていきましょう!

松﨑 準

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