~オリーブの香り~ No 245『遠藤周作』

Shin1

ハレルヤ!

年明けて間も無く、多くの方が観賞された映画『沈黙』の舞台となった長崎を旅して来ました。

長年暮らしている横浜の文化と近しいことや、坂道の多い街並みには親近感を覚えます。父が勤務していた会社の造船所もあり、貿易港として栄えた経済の跡形も、横浜港のそれらと似ていて、キリスト教伝道の歴史の足跡もまた教会群の佇まいに、その息吹を感じる旅でした。

遠藤周作と言う作家は、私に奇妙な人生の印影を付けた人物です。
結婚前、夫の実家に遊びに行った時、2センチほどの埃に埋もれた倉庫の書棚から、『海と毒薬』『私が棄てた女』そして『沈黙』の3冊を見つけて読んだのが、遠藤周作文学との最初の出会いです。

その後、何冊か立て続けに読みましたが、ある一冊の本の帯に、我こそは悪女、本当の悪とは何かを言える人を募集しています、と印刷された内容が付帯されいました。クリスチャン作家が、随分と面白い挑戦状を贈るなぁと、闇の奥底に隠されたものを暴露する悪人などいるのかしら?と驚いたことを覚えています。
数年したら、今度は劇団『樹座』団員募集の記事を何かで知り、光の中に人を誘き寄せるなんて面白い!子育てがひと段落ついたら、応募してみようかしらと考えたものです。
結局、どちらも挑戦しませんでしたが、悪の正体について考えることも、光の存在について証明することも、当時の自分は怖気付いていたのだと思えます。

長崎の旅では、遠藤周作文学館に立ち寄りました。この日は快晴で、紺碧の空と海のロケーションが、建物の向こうに広がっていて、穏やかで静かな海にもてなされた気分でした。

『人間が こんなに 哀しいのに 主よ海があまりに 碧いのです 』
沈黙の中の一節です。
スマホに収められた風景は、まさにこの言葉のまま。

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ところで、遠藤周作の投げかけた問い、悪の正体についての回答ですが、自分の命が半世紀の時を刻み、その頃にはなかった経験を踏まえて答えるならば...決して、悪について語らない、心の奥底に眠っていようとも、主に向った祈りにより目覚めることはないのだと、置き換えたいと思います。

by MxM

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