~オリーブの香り~ No 273『笑顔』

Shin1

毎月、九州に住む母たちの所に帰る。姑は満身創痍ながら気丈に一人暮らしを続ける88歳。ひょっこりやって来る嫁のために、あんこ餅を冷凍して待っていてくれる。私の母は着々と認知症が進行中の84歳。私の顔を見ても「世話しに来た人」と気にも留めない様子で、大音響のテレビを見続けている。
 
ついひと月前までは一緒に買い物に行くと食べたいものを自分で選んで、かごに入れていたのに、今は「わからん」とつぶやいて手に取ることもなくなった。食べることも忘れている時もあれば、夜中にご飯とお菓子をガッツリ食べこんだりする。
 そんな母が肉屋のおじさんにかけたひと言に驚いた。「この頃はひとりで店ばしよると?奥さんは?」と普通に気遣いをみせたからだ。ガソリンスタンドを始めた父に19歳で嫁いで65年、商売に明け暮れた母の魂はしっかり保たれていた。そのことを家族に伝えると「肉屋の人、いっつも笑顔やろう。そやけんたい」と言う。確かに母が普通に会話する相手はみんな笑顔の人だった。
 
そんなやりとりの後、いつもの仕事に戻ってのこと。放課後の小学校の校庭で、さかんに注意されているA君、ひたすら友達を追いかけ回しては抱きつくことをやめない。何かにつかれたように友達を引き倒して抱きつこうとする。ふと思いついて「おんぶしようか」と笑顔で話しかけてみた。はじめは挑むような目つきになり、唾を吐きかけたりしていたが、こちらがニッコリし続けていると「何して遊ぶの?」と聞いてきた。そばにあった鉄棒に誘ってみるとぶら下がりが得意らしく、褒められるといつまでもぶら下がり続けている。笑顔で見つめている私に近寄ってきたA君が、「ぼくの力強いよ」とおばさんの私を背負ってくれようとする。むろんひっくり返りそうになりながら。

よくよく話を聞いてみると彼が抱きつきを求めたくなるような出来事が家庭に起こっているらしかった。どうしようもない不安の中にいたのだ。「わからん」とつぶやいて、まわりを唖然とさせる振る舞いの増した母も、A君も、なんだか訳のわからないことが起こり続ける不安を生きている。そんな人たちが「笑顔」に安らぎ、人と人とのつながりを取り戻していく。
 
どんな人であっても、神は人間を自分の似姿として創造され、「わたしの目にはあなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している」(イザヤ書43章)と言われる。「笑顔」は、わがままで弱い人間に与えられた神様の贈り物。

「貧しい人たちに、命だって上げることはできます。しかし、微笑みを浮べてそれをしなければ、何も与えたことにはなりません。平和は微笑みから始ります。一日5回、あなたが本当は笑顔を見せたくない人に微笑みなさい。それを平和のためにするのです。何でもない微笑みが及ぼす効果には、計り知れないものがあります。温かい微笑み。妻に、夫に、子どもに、そして全ての人に微笑みかけなさい。微笑みは愛を育てます。」(マザー・テレサ)

By おたね

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