今週の一面『視点』12/17

Shin1

◆マタイ17章20節あたりに、山を動かす信仰という話が出てくる。そういうものなんだ、とは思うものの、あまり現実味を感じることがなかった。そうはいっても山なんて動くわけないだろうとか、そんなに信仰深くもないしとか、思った通りになるなどご利益宗教じゃあるまいしとか、内心どことなく、そんなように思っていたところがあった。

◆ところが、私は今、このJOYチャペルで山が動き出したのではないかと思っているのである。それも、ちょっとやそっとではない圧倒的なパワーでもって動き出したように感じているのである。人の視点から見れば、JOYでの最近の出来事やこれから将来のことを考えると、混乱とか不安とか無謀とか、そう思うところもある。でも、ふと神様の視点に立ったつもりで見てみると、まるで何かの幕開けかのように、いろいろなものが一斉に進みだしているように思えてしまうのである。

◆そもそも山を動かすのは私たちではない。その目的や方法も、私たちの理解をはるかに超えるものかもしれない。私たちは、山を動かす主の働きにただただ驚くばかりで、できることは畏れをもって主を賛美することのみではないか。人は、知らず知らずのうちに、何事も自らの視点で考え、自らの思いや力で動かそうとする。その結果は知れたものだ。しかし万事を益とされる主に信頼して見ていれば、人知を超えるすばらしい方向へと向かう。山を動かす信仰とはそういうものかもしれない。

◆今年も、もうすぐクリスマス。家畜小屋でのイエス様の誕生は、世間的には全く取るに足らないことだっただろう。しかし、神様からすると、それは世の人々を救いに導く大いなる計画の始まりであった。これからJOYに起こってくる一つ一つの出来事も、どんなにすばらしいことにつながることか、主に期待してみていきたい。     

宮﨑英剛

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