今週の一面『神様カンパニーの一人として』7/22

Shin1

◆先日のCSリーダー会の学びの中で、「自覚的信仰告白」という記事から学びました。(『いま、バプテストを生きる』より)その中で初期のバプテスト教会がこだわった表現に教会を「Church」ではなく、「Company」という言葉で教会を表現していました。そこには、「国家権力の統制のもとにある信仰ではなく、個人の主体性と自由に基づく信仰を主張したのがバプテストであり、本人の自覚を差し置いて国や家が信仰を決めていく仕組みに対して、彼らは命がけで抵抗したのです。」という思いがありました。 

◆会社の中でよく言われる言葉に「全員経営」という言葉があります。これは、「従業員一人一人が経営に関わる意識を持ち、自主的に行動、判断すること。」これを、教会に当てはめるとどうなるでしょうか?「教会員一人一人が、教会の働きに関わる意識を持ち、自主的に行動、判断すること。」となると思います。このように見ると、初期のバプテスト教会の思いがよく伝わると思います。個人の主体性が集まって教会を形成していく。それぞれがバラバラに動くのではなく、同じ目標を持って、それぞれが置かれているところで動いていくことを目指していると思うのです。

◆つまり、教会において私たちは「お客様」ではないということです。パウロが教会を身体の器官として表現しているのは、一人一人の働きがとても大切で重要だからです。年齢や信仰歴は関係ありません。私たち一人一人がキリストの弟子として歩む時、そこに教会の働きが前進していくのです。 

◆「誰かが」ではなく、「私が」福音宣教の働きを担うのです。キリストの弟子として召されている私たちが教会において、またそれぞれの遣わされている場において福音を宣べ伝えるのです。

わたしたちは、自分自身を宣べ伝えるのではなく、主であるイエス・キリストを宣べ伝えています。わたしたち自身は、イエスのためにあなたがたに仕える僕なのです。」(Ⅱコリント4:5)

坂西恵悟

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