今週の一面 『 選び取りの只中に、先に 』 9/22

Shin1

◆私は4歳のときからサッカーを習い始め、11歳まで続けました。所属するサッカークラブはサッカーチームを結成し、私もそのメンバーとして過ごしていました。監督もチームに熱が入り、練習・試合日は日曜日と重なることが増え、その度、私は選び取らされていくのでした。「次の日曜どうするの?自分で監督に言いに行きなさい。」と心に突き刺さる母の言葉に震えながら、私は監督に試合を断ることもしばしばでした。(今では母を通し、主に語られたように思える。)ある日、監督へ試合を断りに行ったとき、「次の試合を休んだらレギュラーから外す」と言われたのです。嫌な予感はしていたものの、監督の言葉は一生懸命努力していた自分を振り落とすような言葉でした。板挟みのような状態で、天秤にかけることもできずに葛藤し、悩み、祈っていました。幾日か経ち、主に後押しされ、吹っ切れたかのように心が軽くなった私は、礼拝を選び取りチームをやめました。

◆サッカーをやめた私に、主は賛美の賜物をくださいました。濱田さん、桐本さんからギターを習い、何もできない状態で私は礼拝の前に立たされたのも覚えています。そこから私は、楽器奉仕のメンバーに支えられ(ときには鍛えられ)ながら、賛美の内で主と交わることを学びました。私にとってギターを持ち、楽器によって主に賛美を捧げる瞬間は、どんな音楽をするときにも勝る喜びがあります。

◆その思いから導かれ、今はLIMSという賛美グループで活動しています。詩編22:3にあるように賛美の内に住まわれる主を喜びとする空間に、自分も存在する瞬間がとても居心地が良いのです。また、それぞれの教会で捧げられる賛美に携わる人たちと共に分かち合うことができ、励まされています。

◆あらゆる場面で、主から選び取るときが与えられます。選び取るとき、その選んだ先にある祝福を求めて歩みたいと願っています。

「信仰の道をわたしは選び取りました。」(詩編119:30)

澤田芳矢

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