今週の一面 『 「顔と顔を合わせて」出エジプト33:7-11 』 9/29

Shin1

◆イスラエルの民の罪により、神様はイスラエルの民の間におられることをやめる決意をされました。これまで、民の間におられ導いた主がいなくなることは、民にとって非常に悪い知らせでした。民は嘆き悲しみました。(33:1-6)

◆モーセは、宿営の外に「臨在の幕屋」(会見の天幕)を設営しました。主にお伺いを立てる者はだれでも、この幕屋に行きました。この幕屋は、本来ならば、宿営の真ん中にあるべきものでした。宿営の真ん中にあって共に歩むことは、神がいつも真ん中におられることの約束だったからです。その後、この幕屋はエルサレムの神殿となっていくのです。イエス様の十字架と復活の後は、イエス様ご自身が私たちの真ん中におられ、私たちが神の神殿として生きるようになるのです。

◆11節において「主は人がその友と語るように、顔と顔を合わせてモーセに語られた。」とあります。神様は、モーセと共にこの幕屋で交わりを持たれました。私たちにこの幕屋があるでしょうか。神様と顔と顔を合わせて交わりをする場を持つことができているでしょうか。ある人にとっては個室が、ある人にとっては、共同スペースの一部がその場所になっているかもしれません。臨在の幕屋になる場所を私たちは持つことが大切です。そこで、毎日何分かでも顔と顔を合わせて神と交わることが大切なのです。

◆JOYチャペルの20年の歩みは、JOYチャペルに関わられたお一人お一人がこのように主との交わりを大切にされてきたからこそ、立てあげられているのです。これまでだけでなく、これからも私たちは主との交わりを大切に、第一にしていこうではありませんか。時にモーセのように悔い改めととりなしの祈りをささげ、時に感謝をあらわす。そのような場所を私たちは持っていくことが必要でしょう。それぞれに臨在の幕屋が設けられているように、このJOYチャペルも臨在の幕屋でありたいのです。主との交わりがますます祝福されますように。

坂西恵悟

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