今週の一面 『主が忌み嫌うもの』 ヨシュア記6章  3/15

管理人

◆ヨルダン川を渡ったイスラエルの民は、いよいよカナンの地への侵攻をスタートしていきました。まず民が向かった先は、ヨルダン川を渡る前に斥候を送ったエリコでした。エリコの町は堅固な城壁に囲まれた町でした。「攻撃に備えて城門を堅く閉ざしたので」とあるように、その守りは強固なものだったでしょう。人間的な視点で言うならば、どのように攻め込むのかを熟考する必要があったかもしれません。固く閉ざされた城門を見て、不安を覚える人もいたかもしれません。しかし主は、「見よ、わたしはエリコとその王と勇士たちをあなたの手に渡す。」と約束されました。エリコへと侵攻する前に、主はエリコを渡すと約束してくださっていたのです。

◆なぜ主はエリコを侵攻し、滅ぼすことをなさったのでしょうか。彼らと共存するという選択肢がなかったのはなぜでしょうか。それは、彼らが主の忌み嫌われることをしていたからです。具体的には、申命記18章の習慣をエリコの人々は行っていたのです。主はイスラエルの民がそのような習慣の影響を受けることがないように、カナンへの侵攻を許されたのです。実際、南北王朝時代は、他の神、習慣の影響を受け、神の前に正しくない行いをし続けていました。その結果、イスラエルの民はその報いを受けたわけです。ですから、主がこのように行われたのは、イスラエルの民がまことの神のみを信じ、その神に仕え、その神を礼拝し続けるために、行ったのです。

◆私たちは、このイスラエルの民の弱さを同じように持っています。周りに流されやすいものです。ですから、私たちはまことの神に、信仰の創始者であり完成者であるイエスから目を離さずに歩んでいきたいのです。

坂西恵悟

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