今週の一面『キリストの受難を覚えて』マルコ14:3-9  4/12

管理人

◆木曜日は、洗足の日、最後の晩餐、ゲッセマネの祈りの日でした。金曜日は、受難日でした。この1週間皆さんは、どのように過ごされたでしょうか。7日には、緊急事態宣言が発令されました。これを受け、教会としても会堂での祈り会を休止する決断をいたしました。オンラインでの祈り会を継続していこうと思っていますが、そこに加わることができない方々もいらっしゃいます。その方々のためにも引き続き祈っていきましょう。

◆マルコ14:3-9は、この時期に読まれる箇所の一つです。イエス様がベタニアのシモンの家にて高価なナルド香油を注がれる箇所です。約300万円ほどの香油を注ぐ。このことは、普通の感覚では考えられません。4節にあるように、「無駄遣い」と思ってしまう行動です。

◆彼女の行動には2つの意味があります。一つは、イエスに香油を注ぐことは、イエスが救い主、メシアであることを告白していることです。メシアは「油注ぐ」という意味から来た言葉です。ですから、彼女の行動はイエスが救い主であるという信仰による行動なのです。

◆もう一つは、イエスご自身の口から仰っています。「埋葬の準備」をしたということです。ヨハネ福音書を見ると、この女性はマリヤであるとされています。この女性がマリヤならば、イエス様の話をよく聞いていたと思いますし、意味を知った上での行動でもあったと思います。

◆この時、イエス様が救い主であり、十字架の死によって罪を贖ってくださる方だと信じていたのは、この女性だけだったかもしれません。弟子たちはイエスが逮捕された時、逃げました。そして、ヨハネによると、彼女の行動を否定したのはユダですが、おそらく他の弟子たちも彼女の行動を理解できていなかったことでしょう。

◆イエスキリストが、"わたし"のために十字架にかかってくださったことをこの週特に覚えたいのです。愛を持って、罪から救ってくださった。そのために、ご自身を犠牲にされ死んでくださった。この主の愛は、ここにいた人々だけでなく、今を生きる私たちにも、同じように注がれているのです。

◆なぜなら、「恵みの時に、わたしはあなたの願いを聞き入れた。救いの日に、わたしはあなたを助けた。」と神は言っておられるからです。今や、恵みの時、今こそ、救いの日。(2コリント6:2)

坂西恵悟

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