今週の一面「どのような時でも、主に聞き従う」ヨシュア9:14,15  4/19

管理人

◆エリコ、アイと侵攻したイスラエルの民は、さらに西へと進路を進めました。ヨルダン川の西側の山地に住む、ヘト人、アモリ人、カナン人、ペリジ人、ヒビ人、エブス人はイスラエルの話を聞き、協力してイスラエルに立ち向かうことを決めたのです。ところが、ギブオンの人々は立ち向かうのではなく、策略を立ててイスラエルへと近づきます。彼らは遠い国から来た人々に変装し、イスラエルと協定を結んだのです。(9:1-13)食糧を携えてきた彼らとの協定を結んだヨシュアでしたが、大きな失敗をヨシュアは犯していたのです。それは、「主の指示を求めなかった。」(14)と言うことです。

◆ヨシュアが主の声を求めなかったのは2回目になります。1度目は、アイを攻める時、斥候の話を聞き、その斥候の説明通りに2,3000人で攻め、敗れた時です。そして、このギブオンの人々の協定の時です。このヨシュアの行動は、私たちもよく行ってしまう行動です。神様に祈りながら、御心を求めながら、御言葉に聞きながら歩んでいても、時に、人の言葉によって、一般的な常識によって、経験などによって判断してしまうことがあります。ですから、たとえ自分自身の経験から来ていたとしても、私たちは主への祈り、導きを求めた上で行動を起こしていくことが大切だと思うのです。何か決断をする前に、主の前にへりくだり、これでよいかと祈っていく。これをするのとしないのでは大きな違いがあるでしょう。

◆私もこの行動を行ってしまうことがあります。判断を早くしなくてはいけない時など、焦れば焦るほど、主に祈るということを忘れてしまいます。私たちの軸はキリストであり、神様です。その軸を土台を変えてはいけません。ですから、たとえすぐに判断できたとしても、主に祈ることをしていきたいのです。「主よ、この決断で行動します。どうぞ主の御心を行ってください。導いてください。」と祈り、決断していく者になっていきたいのです。

坂西恵悟

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