◆その日は、電車にも乗らず、駅から歩くこともなく、カーテンで仕切られた2畳ほどの空間が、主の日の礼拝の場となりました。入院中のベッド上に、JOYの礼拝のライブ配信が届く恵み。新型コロナ禍の中、半年前には考えもしなかった形で、礼拝を捧げられたことにただただ感謝しました。
◆心の中で賛美の声を合わせた後、読み上げられた聖書箇所にドキリとしました。
「目を上げて、わたしは山々を仰ぐ。わたしの助けはどこから来るのか。わたしの助けは来る天地を造られた主のもとから。」(詩編121:1-2)
◆この箇所は、5年前天に召されたY姉の愛唱聖句です。突然の入院生活の中、ずっとY姉の闘病中のこと、その時姉妹の上に起こった主の御業を思い起こしていたのです。
◆どんな時も、どこにいても、どんな状況であったとしても、いつも主が共にいてくださる、今与えられている痛みも不安も、共に担ってくださる。しかも、その時々にふさわしい課題や試練を与えられると実感した礼拝の朝でした。
「私は、神が人の子らに労苦させるよう与えた務めを見た。神はすべてを時に適って麗しく造り、永遠を人の心に与えた。」(コヘレトの言葉 3:10-11 聖書協会共同訳)
◆アドベントを迎えようとしている今、コロナ禍の2020年を一緒に歩き続けた教会のみなさま、家族、友人、地域の方々、海の向こうのみなさまと、救い主イエスのご降誕を祝う時を待ちつつ、祈りを合わせたいと願います。
「主をたたえよ 日々、私たちを担い、救われる神を。」(詩編 68:20)