今週の一面「言葉をもって示される神」サムエル記上3:15-4:1 2/14

Shin1

◆エリのもとで主に仕えているサムエルに、主からの呼びかけがありました。彼は、エリが呼びかけているものと勘違いをし、エリのもとへと行きましたが違っていました。エリはサムエルに何が語られたのかを隠さないようにと言い、サムエルに起きた出来事を聞いたのです。エリは言いました。「それを話されたのは主だ。主が御目にかなうとおりに行われるように。」(3:18)

◆これまでに主は、イスラエルに対して言葉が臨むことは少なく、幻が示されることもまれでした。(3:1)ここで確かに主の言葉がサムエルに臨んだのです。サムエルは成長しました。主が彼と共におられ、その言葉は一つたりとも地に落ちることはありませんでした。サムエルが主にあって、肉体的にも霊的にも成長したということです。主が共におられることは、信仰者にとって非常に重要なポイントです。サムエルは預言者としてのあゆみを進めていったのです。

◆ダンからベエル・シェバ。すなわち、イスラエル全体がサムエルを預言者として認めました。そのサムエルに主は御言葉をもって、御自身を示されたのです。

◆主の言葉によって成長、成熟していったサムエル。私たちはどうでしょうか。主の言葉にどれほど耳を傾けているでしょうか。情報社会と呼ばれる現代において、私たちは様々な言葉を聞きます。その言葉によって、私たちは、本来聞くべき言葉を見失っているのではないでしょうか。私たちは、日々の生活から御言葉を聞いていきたいのです。主の声を聞くことは、私たちの霊的成長、成熟につながっていきます。私たちは、このことを求めていく者でありたいのです。

坂西恵悟

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