今週の一面「主が語られる御言葉を聞きなさい」サムエル記上15章 5/30

Shin1

◆サウルの物語もいよいよ終盤へと入っていきます。この15章では、サウルはアマレク人との戦いに出ていきました。イスラエルの民の悩みの種は、ペリシテ人でした。民が求めていたのは、ペリシテ人に勝利し、安定した王国を建てあげるための王様でした。サウルは、その民の期待を背負いながらペリシテと戦い、勝利しました。ペリシテ人との戦いは、サウルの生涯をかけて行われていました。しかし、アマレク人との戦いは民が求めるものではありませんでした。民は、問題ともしていなかったことでしょう。けれども、主なる神様からの言葉は、そのアマレクを滅ぼし尽くすというものでした。そのきっかけは、出エジプトの時、イスラエルが約束の地に入るのを最も卑劣な方法で妨げようとしていたからです。彼らは、主なる神様の敵対者だったのです。(出エジプト17:16)

◆サウルは、この命令に従い、アマレクと戦い、勝利しました。しかし、神様が命じられたことを100%守ることはしませんでした。(15:9)サウルのこの行動により、神様の御心にかなう人物ではないことが明らかになってしまったのです。神様は、サウルを王としたことを後悔され、そのことを知ったサムエルは、深く心を痛め、主に叫んだのです。

◆一方サウルは、戦勝碑を建てました。そして、尋ねてきたサムエルに対し、主の命令に従ったと報告したのです。彼は、自分の罪に気づいていなかったのです。サムエルの忠告を聞いても、自分を正当化しました。サムエルは、主の御声に聞き従うことが主が喜ばれることだと語り、サウルの王位が退けられることを告げました。ここまで聞かされて、やっとその罪に気付き、罪の赦しを求めましたが、主の裁きの言葉が取り消されることはありませんでした。

◆この15章では、サウルのことを嘆き、王としたことを悔いている神様の姿を見ることができます。民を愛するが故に悔いておられる姿です。しかし、神様の悔いる姿は、イスラエルに対する救いの希望を明確に表しているのではないでしょうか。人の罪と、神様の見捨てることのない愛を私たちは見ることができるのです。

坂西恵悟

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