『 ダビデの行動 』〜サムエル記上23章〜 8/1

Shin1

◆ダビデは逃亡期間中、ずっと逃げ回ったわけではありませんでした。この23章では、ケイラとジフの荒野でのダビデの姿を見ることができます。ダビデは、サウルの追跡から逃れるために要害に隠れていました。そこで、ペリシテ人がケイラを襲っているという知らせを聞き、ペリシテ人討伐に向かいます。ダビデはケイラの人々の身を案じ行動を起こそうとします。しかし、彼が最初に起こした行動は、主に託宣を求めるという行動でした。兵士たちはケイラを助けることを心配しましたが、ダビデは主に命じられた通り行動し、ケイラを救いました。

◆ケイラでの出来事を聞いたサウルはケイラへと向かいました。ここでもダビデは主に託宣を求め、自分の起こすべき行動を決めていました。主からの答えを受け、ダビデは600人ほどの兵を引き連れ、ケイラを去り、ジフの荒野の要害に隠れたのです。

◆サムエル記は、ダビデの出来事を特別な共感をもって語ります。ケイラの町を救うために自発的に来たこと、ケイラにサウルによる危機が降りかかるのを避けるために、自ら身を引いていくこと。ここに、ダビデが平和を願い、民に対して寛大な王であることが明らかにされています。神様への託宣によって、ケイラの住民たちが自分を裏切ることを知っていても、何一つ非難せず、赦している姿も見ることができるのです。

◆サムエル記の物語は、サウルやダビデといった著名な人物にフォーカスしますが、彼らの背後におられる主なる神様にフォーカスがあてられています。14節の言葉からもそれは明らかです。サウルから逃げていたダビデに再び、ヨナタンが現れます。彼はダビデに対して、神に頼るようにと励ましたのです。

◆主に伺うこと、主に頼るように励ますこと。このことは、私たちクリスチャンに求められる姿なのではないでしょうか。励ましを受け、伺うこともあれば、伺った上で、励ますこともあります。どちらも、主が中心になっています。この姿をサムエル記は伝えたかったものだったのではないでしょうか。

坂西恵悟

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