先週の火曜日は、私が所属しているゴスペルグループと、同じく火曜日に活動している「ハッピーJOYひろば」の皆さんと一緒に、クリスマスライブを楽しみました。

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思えば・・・自分が子供を産んだとき、その何十年も後に、こうして教会で温かな時間を過ごすとは思っていませんでした。

同じ年齢の子供を持つ母親が仲良くなって、その先に一緒に歌を学ぶようになって、さらにその先に教会で産まれて間もない子供達と神様への賛美をする・・・主が与えて下さった子供が裾野を広げてきました。

参加した小さな小さな子供達は、音楽が鳴り出すと、右に左に体を揺らして、これま た小さな小さな手を叩いて、喜びを体いっぱいに表現しています。
賛美歌の意味は理解できなくても、その歌に神様の愛がぎゅ~っと詰まっていることが、よく分かっているみたいに、嬉しそうに手を叩きます。

私は、家で黙っているとき結構難しい表情をしているらしい。そんな時、妻が「何考えているの?」と聞く。家では、仕事の話は、殆どしないが、いくつもの課題や悩み事が仕事の上にあるということを妻はしっているのだろう、心配して聞いてくれる。

私は、はっとしてしまう。申し訳ないなぁと思う。目の前に私のことを大切に思ってくれる人がいるのに、私の心はそこに向かわず、自分の中にしか目を向けていない。

確かに、仕事上の課題や問題を考えているときもあるが、大抵の時は、実は、実は、「お昼に何を食べようかなぁ」とか「あーあ、昨夜は飲み過ぎた」と思っていることが大半なのだ。「何考えてるの?」と聞かれた時、「何も」(これは答えになってないね)と答えているが、「晩飯のおかず」と答えられず、とっさに「何も」と返事をしているのだ。ごめんなさい(この場を借りてお詫びします)。

回りからどう見られているかを気にする必要はないが、自分が他人の眼にどう写っているかを客観的に知ることは難しいことだ。ほぼ同世代の人に会って、この人結構老けてるなと思っても、その後自分の姿を鏡でみると「ゲーッ!同じじじゃん」となるのだから。

神様は、こんな私をどうみておられるのだろう。このような問いかけそのものが、違うとお叱りになられるだろう。「ただただ、神の国と神の義を求めよ」「神を愛し、自分を愛するように、隣人を愛せよ」と言われるだろう。神の声を聞き、心を澄まし、何があっても笑顔で歩みたい。
By とうちゃん

月曜日、目覚めると両腕に筋肉の痛みが走る。
何か重たいものでも持ったかしら?
え〜っと、昨日は...
そうだわ、babyを抱っこしたんだわ!
久しぶりに赤ちゃんを抱いたから、普段使ってない筋肉が働いて、そうか、これね!

嬉しくなって、誰かに会う度に『日曜日、赤ちゃん抱っこしていたから、腕が筋肉痛でね〜』と、今更母性愛をアピールするみたいに自慢げに話を振り撒いた。

遠い記憶の中にある、平凡な毎日の繰り返し、14か月しか違わない年子の息子たちの育児の日々を思い出せて嬉しくなった。

右手に長男、左手に次男。もしくは前に長男、後ろに次男。
遠出する時は、バギーに双子のように詰め込んで、駅の階段も抱えて乗り降りして...

最近はパパが赤ちゃんを抱っこする光景を多く見かけますが、その頃は、抱っこの主役ははお母さん。
我が家も例外ではなく、まるで24時間営業しているコンビニみたいな私と、シンデレラですか?あなたは!の夫でした。

来る日も来る日も、抱っこ→おんぶ→オムツ交え→食事→お風呂が永遠に繰り返されると錯覚する日々。

辛抱強く、同じことが繰り返される毎日の中にいて、体も心も丈夫になることを親子共に気にかける日々。

そんな毎日の平凡な繰り返しが、どれだけ高価な時間だったのか、今ならわかる。今なら...

ナースリーの働きは、牧師がメッセージしている間、お父さん、お母さんがゆっくり耳を傾けることが出来るよう、その時間預かってお世話すること。

私は礼拝堂に着席して話は聞けないけれど、この小さなbabyが私の人生で最も大きな恵みを与えてもらった時間を、もう一度思い出させてくれました。

礼拝が終わり、お母さんじゃなくて、おばあちゃんにbabyを返したら、なんとまぁ、私と同年齢でビックリ。
これは、孫が出来た時の準備でもあったのかしら?
神様、それだけはまだ、勘弁してくださいね(笑)

by MxM

先日、森に暮らす友人宅で数日間過ごしました。日の出と争うように畑の手入れ、収穫、草取り、森の木の伐採、薪ストーブのための薪割り、軒下への積み上げ、などなど・・・。夕食後は広い場所で山のように積上った草や落ち葉に火をつけます。その焚き火で体を暖めながら夜空を見上げると、横浜では見られないたくさんの星が輝いていました。

2ヶ月前に森の別棟の小屋の住人になったN青年も一緒に空を見上げました。N青年は1ヶ月間イスラエルを一人旅した経験者!「イエスさまが誕生されたベツレヘムはどんな星空だったのかしら?」と、話が自然に聖書の世界に入っていった素敵な夜でした。

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同じ日、偶然つけたNHKのテレビ番組が印象的でした。アイルランドのアイベラ半島を、「世界一の夜空」の認定へと導いた一人の母親。美しい夜空を保護するため、村人一人一人に忍耐強く呼びかけ続ける姿に感動しました。ちなみにこの村では、肉眼で4000個の星が見えるそうです!夜空の保護活動を評価する国際ダークスカイ協会から、最高級のゴールド認定を受けました。

この母親が呼びかけたことは、明るすぎる家々の電気や道路の外灯のワット数を落とし、光を下向きにすることです。1つ電気を減らすと10個の星が見えるようになるそうです。常々夜の車の運転時、対向車のヘッドライトが明るすぎると憤慨している私。我が家の電気も経済を考えワット数を変えたばかりでした。

昨日の礼拝のメッセージは、ヨハネによる福音書9章1~11の生まれつき目のみえない人が、イエスによって目が見えるようになったという箇所に基づくものだった。聖書には、この人が目が見えないのは、「神の業がこの人に現れるためである」と書いてある。

私は、以前我が家に出入りしていたF君(彼も全盲で、宇都宮から横浜にきて下宿暮らしをしていた)のことを思い浮かべながら、彼ならどう感じるだろうかとメッセージを聞いていた。彼は、目が不自由であることにめげず、自分の可能性を切り開き、一人の独立した社会人になったが、彼はどのように自分の障がいを受け入れ、何によって救われ、生きがいを、生きる意味を見つけたのか。

先月から、我が家で家庭会がスタートしました。
ゴスペル練習で一緒の歌仲間3人を招いて、聖書に触れながら、少しずつではありますが、イエス様を近くに感じてもらえたら何よりです。

私もJOYに行き始めた頃、姉妹のお家にお邪魔して、石田先生の話を聞きながら、温かなおもてなしを受けました。
柔らかい干し草のベッドに寝かし付けてもらったような感覚。

甘えたかったんだな、張り詰めていたんだな、など当時の自分の心境を思い出します。

既に、この友人たちは、石田先生から様々なお話を聞く機会に恵まれていたので、和みあるスタートになりました。
時間もじゅうぶんありますし、こういう空気感でないと聞けないことも質問が出たり...

私にとってもまた今回の家庭会は、不足してきた学びの補習が出来たら良いなと思っています。だって、もっと知りたいのだから、もっと感じたいのだから、そして今持っているものを手放す勇気が欲しいから。

主よ、あなたが私を惑わし、私は惑わされて、あなたに捕らえられました。
エレミヤ20章7節

歩み始めた最初に深く刻まれたみことばです。
主よ、どうか彼女たちの心を捕らえて放しませんように。
あなたに触れられている喜びを、共に喜べますように。
By MxM

〜オリーブの香り〜 No127  

ゆっこ

先日、突然でしたがYさんからご招待頂き、横浜みなとみらい大ホールでパイプオルガンの演奏を聞きました。夢のような時でした。何故「夢のような時」なのか。その理由は、Yさんは現在重い病と日々戦っているからです。入退院を繰り返しています。家にいても体調が悪い時は起き上がることも、話をすることも出来ないほど辛い日があるそうです。

そんなYさんからの電話。「今日は体調がとても良いんです、それで私の好きなパイプオルガンのコンサートにどうしても行きたくてチケットを購入しました。一緒に行っていただけますか?」。

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Yさんと私は大ホールのシートに並んで座りました。パイプオルガンの演奏に聴き入る
Yさんの姿はとても、とても素敵でした。Yさんは病との戦いの事も、家で留守番をしている一人息子のR君の事も全部、全部神さまにおゆだねしているようでした。

私たちには日々、不安や恐れ、苦難があります。いつか私のこの肉体も滅びて消えていきます。でも私たちクリスチャンには、死に勝利して下さった主イエスさまが共にいて下さると言う約束があります。この約束を信じて歩むことが出来ますようにとYさんの隣で祈りました。

メンデルスゾーンのオルガンソナタ『天にまします 我らの父よ』が終わると、O・メシアン作曲<主の降誕>より『神はわれらのうちに』の曲が荘厳に響き渡りました。涙が溢れる夢のような時でした。

~敬老の日に~

先週の敬老の日に、特別養護老人ホームの敬老式典に出席する機会を与えられました。その中で感じたこと・・・・・
国民の祝日に関する法律では、敬老の日とは、「多年にわたり社会につくしてきた老人を敬愛し、長寿を祝う」日と規定されています。長寿のお祝いだから「おめでとう」と言いますが、同時に「ありがとう」と感謝したいものです。

ハレルヤ!

今年の夏は、小豆島に行ってきました。
旅の目的地は当初、四国でしたが、大型台風11号の影響で最も被害の酷い高知や徳島に辿り付くことが出来ませんでした。
飛行機は羽田から阻まれ、新幹線も岡山でストップ!

宿泊予定の宿にも行けませんから、足止めを喰らった岡山の地で、まず眠る場所確保が新しいプランになりました。
考えてみれば、こういったアクシデントは初めてではありません。
3日も飛行機が飛ばず日本に帰国できなかったり、台風で旅館が停電して真っ暗闇の中、食事やお風呂に入ったこともありました。
しかも、ここ数年は 何故かまともに目的地に着くことが出来ていないような気がします。
昨年もそうでした・・・

 私たちの教会には、水曜日の夜と木曜日の午前中だけ置かれる、不思議な献金箱があります。それは「世界バプテスト祈祷週間献金」、別名「ロティ・ムーン クリスマス献金」の箱です。この世界バプテスト祈祷週間は中国の伝道のために生涯をささげた女性宣教師ロティ・ムーンによって提案されました。

 ロティは1840年アメリカ・バージニア州で生まれました(この時日本は江戸時代、鎖国状態の時)。ロティは信仰をもち、外国伝道の幻を与えられ、真剣に祈ります。ついに1873年、33歳のロティはアメリカ・サンフランシスコから船で中国へ渡ります。

 中国登州で伝道を始めますが、想像以上の困難をきわめました。ロティはアメリカの外国伝道局に何度も何度も「もっと中国に働き人を送って欲しい」と訴え続けます。強い訴えに動かされ、アメリカ南部バプテスト婦人部は各地にある1500の婦人会に呼びかけ、その結果十分な献金と宣教師2名を送ることができました。

 ロティは70歳過ぎまで中国に仕えます。しかし1972年、ロティのあまりに弱った身体を心配した友人達が、看護婦と共にアメリカに向けて船に乗せました。その年の12月24日、神戸の港に立ち寄ったロティは静かに天に召されました。日本の法律に従って遺体は火葬され、本国に持ち帰られたのです。

 バージニアの彼女の墓には「死に至るまで忠実なる者」と刻まれています。
 この献金はルワンダ、カンボジア、シンガポール等の各働きのために送られます。

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