・家庭料理を食べてもらいたくて、先日我が家に一人暮らしの男子青年
(どちらも20代)二人を夕食にお誘いしました。
 Yさんはこの春、気仙沼から転職して横浜で一人暮らしを始めたばかり。
 バプテスマ(洗礼)をうけてまだ一年ぐらいのフレッシュクリスチャン。
 Tさんはクリスチャンホームで育ち、小学校5年生の時バプテスマ(洗礼)を
 受けたYさんからみたら先輩クリスチャン。

・Tさんのお母さんは大学で生化学を学び、大学研究室、製薬会社で働かれた後
 50歳の時神様に仕える道を選び、神学校に入学され、たくさん、たくさん勉強
 されて牧師になられました。
 2012年10月から長崎県佐世保のI教会で働いておられます。

・Tさんから嬉しいニュースを聞きました。
 Tさんの言葉
 「母の教会で5月にバプテスマ式(洗礼式)があったんですよ。
  母がバプテスマを授ける第1号でした」
 わあ〜〜凄い!これは嬉しいニュースです。夫と私は飛び上がらんばかり!
 すぐにホームページを開いてみました。
 ありました、ありました、バプテスマ式の写真が載っていました。
 教会ではこの事に代わる喜びはありません。
 横浜からおめでとうございます!!

・ちなみに、このI教会のホームページではTさんのお母さん(牧師)と同居している
 犬(フラッフィー)のひとりごとコーナーがユニークで楽しいです。
 フラッフィーは東京暮らしではあまり元気がなかったそうですが、I教会に来てから
 人が変わった(いえ犬が変わった)ように伸び伸び元気に生き生きしているそうです。
 近所でも人気者らしい、牧師の働きの一役かっているようです。

・敗戦から68年。豊かになるためだけに走り続け、その結果高度成長国と浮かれて
 いました。 
 気がついてみたら、私たちに残されたものは、技術の進歩の代償として、環境問題、
 アレルギー問題、遺伝子組換えそして、放射能問題です。

・私はこのような事に対して無関心ではありません。
 しかし「もうこの年齢なんだから」と言う理由をつけて本気で考えていませんでした。
 例えば、日常生活でも健康に害を及ぼす食品に対しても「もういいだろう」と甘い
 基準でした。
 しかし、これは自己中心?と立ち止まる出来事にぶつかりました。

・先日福岡で「我が子を放射性物質から守りたい」と、福島県や東京から逃れ、
 福岡に移住された家族5組の方々とお会いしました。
 我が子の将来のため、故郷を離れ、仕事を辞めて移って来られた方々でした。
 このたった5組の家族の取り組みを学ばせて頂きました。

・私は放射能とどのように向き合えばいいのか?このグループの前に私の自己中心が
 浮き彫りになりました。
 とりあえず今すぐに取りかかれることは、内部被爆(放射性物質に汚染された
 空気、水、食べ物の摂取により、放射線が身体の内側に取り込まれてしまうこと)
 を避けることです。

「3・11後を生きる キリスト教」を書かれた 川端純四郎氏は
 『原発問題、現在この国でこの問題に対する態度を決めずに生きることは
  人間として不誠実だと言うほかありません』と言っておられます。

・これ以上汚染を広げないで、子孫に引き継いでいきたいと本気で考えたいと思います。  


・福岡でボランティア活動をしておられるH氏と話をする機会がありました。
 H氏はホームレス支援活動を2年続けてこられたそうです。
 彼が今、心を痛めていることは 
 「2年間活動してきて大切にしてきた事は、ホームレスの方と信頼関係を深めたいと、
  寄り添う努力をするということでしたが、援助する側と援助を受ける側との溝は
  埋まらないのです。
  最近あるホームレスの方にこう言われました。『どうしてボランティア活動する人
  たちは皆同じTシャツを着るんですか?」と。」

・H氏はお揃いのTシャツを着ていません。
 その彼に心を開いて本音を漏らされたのでしょうか、思いがけない発言でしたが
 嬉しかったとH氏は語りました。
 そして「本当にそうだ!」と気づかされたと目を輝かせて話されました。

・そう言えば、私も東日本震災のボランティアに加わりクリスチャングループ20名
 ぐらいで宮城県に入りました。
 その時のオリエンテーションで色あざやかなお揃いのTシャツが配られた事を
 思い出しました。
 その前の新潟地震の時はクリスチャングループではなく、一般のボランティアで参加
 しましたが、その時は登録をすると名札を渡されただけでした。

・お揃いのTシャツ。お金をかけて、ロゴを入れて、何十枚ももしかしたら何百枚も
 印刷され、一度きりのボランティア活動の人にも配られます。
 この事が人の心を閉ざすこともあると気づかされました。

・私のタンスの中にあるあの時配られた、色鮮やかなTシャツ。
 もう着ることはないでしょう。

〜オリーブの香り〜 No56 『祈り』  

MxM

ハレルヤ!
小学校2年生の時に、私はこの地に引っ越してきた。
この地、と言うのは今のJOYチャペルがある周辺で、利用していたバス停は
「みどりヶ丘」か「桃源台」。
バスの終点は「希望ヶ丘」で、通っていた小学校は「さちが丘」
なんとも、未来を幸せに導くような名称があちこちで付けられている・・・

・先日 BSで映画「ライフ・イズ・ビューティフル」を観ました。
 前にもやはりテレビで放映され、感動した作品です。
 イタリア映画で、ロベルト・ベニーニ監督が自ら主演して、アカデミー賞主演
 男優賞を受賞しています。 
 「シンドラーのリスト」と肩を並べる作品と評されています。

・物語は1939年第一次世界大戦のおりの一家族のお話、グイド(お父さん)、
 ドーラ(お母さん)、ジョズエ(男の子)はナチスドイツによって強制収容所に
 送られます。 
 お母さんと引き離されてしまった不安な息子(ジョズエ)にお父さん(グイド)は
 楽しいゲームを提案します。
  「ママに会いたいと言ったら減点だ!」
  「いい子にしていたら、1000点取って本物の戦車でおうちに
                           帰ることが出来る!」等々

・囚人服を「ほれ!かっこいい服だね〜〜」と、それはそれは頭の回転をグルグル回し、
 機智に富んだ、ユーモアにあふれ、愛にあふれたゲームです。
 息子を何とか生き延びさせようとの父の愛のゲームです。

・グイドのユーモアの愛のゲームは、奇跡的に息子を生き延びさせることが
 出来たのです。
 ユーモアは冗談とは違います。

 「愛はすべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてを耐え忍びます」
                      聖書第一コリント13:7

・映画の後半グイドが息子に送るウインク。  
 あのウインクは世界中誰もまね出来る人はいないでしょう。
 おすすめ映画です。

・先日久しぶりに、ナースリーの当番を引き受けました。
 礼拝中に小さい子どもさんを預かり、一緒に遊びます。
 アシスタントには、この日がデビューだったUさんと一緒。
 子どもは元気のいい男の子3人。

・私は前日から何となくワクワク!!  
 おやつは何にしようか? どんな歌を歌おうか? 
 どんなゲームをしようか?・・・・・

・当日 礼拝の半ばから二階のナースリー部屋に入ります。
 靴をそろえて入り、イスに座ってご挨拶、そしてお祈り、歌を歌い、手遊び・・・
 アシスタントのUさんはそれはそれは子どもの扱いが上手!
 何も打ち合わせなどしませんでしたが、私との呼吸はピッタリ。

・そして 私が何よりこの日びっくしたのはおやつタイム。
 私は色々考えて2つのおやつを用意しました。
 子ども達に2つを見せて
 「今日はこの2つのおやつがあるけど どっちが食べたいかな?」と問いかけました。
 私は自信をもって絶対子ども達はこっちを選ぶと思う品と、
 もう1つは私の好みのクラッカー。

・しかし子ども達が『こっちがいい!!』と三人そろって選んだのは、
 私が絶対選ばないと思った方でした。  
 私の予想をくつがえしました。
 パッケージにだまされず、本当に美味しいのはどちらか、ちゃんと知っていた
 ちびっ子に何故か納得して、Uさんと私も一緒におやつタイムで一息。

・最後はイス取りゲームで子ども達も私もUさんも汗をかきました。
 最後の最後は静かに、静かに礼拝堂に戻り「主の祈り」を歌い祝祷を受けます。
 Uさんと私「楽しかったねーー」と自分たちも子どもにかえったようです。
 この当番いいかも・・・・

・最近2つのお墓に行きました。どちらもキリスト教のお墓です。
 1つは教会の共同墓地です。 
 この教会のお墓はかなり立派!!
 扉を開けると部屋の壁は本箱のような棚になっています。
 この教会のメンバーの方で、天国に召された方々のお骨の壷が並べられています。

・昨年末に天国に召されたKさんのお骨をお納めする式に参列しました。
 Kさんが礼拝を献げていた教会の牧師先生が司式をされて、賛美歌を歌い、
 聖書を読んで、祈りました。
 牧師先生のお話は
 『キリスト教のお墓は 終着ではありません。ステーション(駅)です。
  天国(神様のもと)と言う行き先がはっきりしている所へ、お見送りする場です』と
  桜が満開のこの日すがすがしい納骨式でした。

・もう1つは個人でキリスト教のお墓を建てられました。
 日本式の縦長の石ではなく、芝生の上に平べったい四角い石です。 
 その石には「希望」と刻まれていました。
 キリスト者は天国(神様のもと)で再会するという希望が与えられているからと
 説明がありました。
 だから、最終のお別れではないのです。
 ここでも家族と親しい友が集い、賛美歌と祈りを献げました。 
 またお花が大好きだったH子さんを思い、参列者一人一人がお花でお墓を飾りました。

・教会では天国にお送りした方々を憶えて、一年に一度召天者記念礼拝が献げられます。
 たとえ家族が忘れていても教会では何年たっても、何十年たっても
 この礼拝は続けられます。

ハレルヤ!
今回から、「オリーブの香り」を月に一度だけ担当することになりましたM×Mです。

食いしん坊で音楽好き、犬でも出来る「待て」が大の苦手だった私が、人生の半ばで
バプテスマを授かり、紆余曲折した時のいつにも、神様の日々注がれる愛を発見!
Jesusエッセンスの一滴を、皆様にお届けして参ります。

・わけあって、小学校の入学式に参列しました。
 全校生徒約230名の小さなミッションスクールです。
 当日、門の所には校長先生と何人かの先生、そして上級生が出迎えて下さり、新入生は
 上級生に手をとられて教室へと連れて行ってもらい、父兄、保護者は別の生徒さんに
 案内されて入学式場へと案内されました。
 廊下ですれ違う生徒さんは皆「おめでとうございます!」と声をかけて下さり、
 学校全体が歓迎ムードでした。

・式の中、校長先生の挨拶は
 『この学校の生徒達はよく喧嘩します。ビックリしたかな? 意見があわない
  こともあれば、ぶつかります。あたまに来ることもあるでしょう。
  喧嘩が得意かもしれません。
  でも、それ以上に仲直りが上手です。これが大事なことです。
  「少し言い過ぎたかな?」「やりすぎたかな?」と感じることが大切です。
   そう感じたら仲直りします。さあ 明日から一緒に遊びましょう!』

・この学校、毎週水曜日は全校生、お弁当を持って、近くの大きな公園で
 遊んで午後を過ごすそうです。

・聖書にも仲直りすることは大切な事と書いてあります。
  「まず行って兄弟と仲直りをし、それから帰って来て供え物(礼拝)を
                        献げなさい」マタイ5:24

・私もよく夫と口喧嘩をします、意地をはってなかなか仲直りできません。
 校長先生のお話は私に語られたようです。

・父は忙しい人でした。
 父が何泊か家を空けて帰ってくると、家の中がいっぺんに明るく、
 にぎやかになりました。
 その父が私たち子ども達に、学校へ行く朝よく言いました。
 「いじめっ子がいたらお父様に言いなさい。
        お父様はお巡りさん10人だって倒せるんだから!!!」と。
 私は心から信じて「ハーイ!」と元気に出かけたものです。 
 私はずっと後になって、ユーモアは愛だと気づきました。

・イエス様もユーモアに富んだお方だと思うのです。
 ベトサイダで盲人を癒された時「その目に唾をつけ・・」とあります。
 今なら、「えっ!マジっすか!!!」と言うようなイエス様の行為です。
 何も唾をつけなくてもイエス様は癒すことが出来るお方でしょう。
 しかし「その目に唾をつけ・・・」の奥にとてつもないユーモアの愛を感じます。

・「五体不満足」を書いた乙武洋匡さんのお母様もユーモアの愛の方です。
 乙武洋匡さんの文章に
  『僕が大学生の頃、電動車いすで繁華街を疾走していたら、
   コワモテの中年男性に呼び止められた。
   恐る恐る立ち止まると彼はいきなり、名刺を差し出してきた。
    「おめえも大変だな。困ったことがあれば、いつでも言ってこい」
   帰宅して、このことを母に報告すると彼女はこともなげに言い放った。
    「だって、あの方たちはツメルといっても小指一本程度でしょう。
     あんたなんて全身ツメちゃってるんだから当然よ!!」と。』

ユーモアは冗談とは違います。
 ユーモアの愛はそのまま、ぜ〜〜〜んぶ受け止めること。
 私ユーモアのセンス身につけたいです。 

 

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