家庭の限界(3)

管理人

◆主イエスは「だれでも、父、母、妻、子、兄弟、姉妹、さらに自
分の命までも捨てて、わたしのもとに来るのでなければ、わたしの
弟子となることはできない」(ルカ14:26)と語りました。わたし
たちは、主のこのような過激とも言うべきメッセージをぬるま湯の
ように水増しさせて受け取るように歪めてはならないと思います。
主イエスの御言葉を小市民的なマイホーム主義者の言葉に変えては
ならないと思います。端的に言って、家庭は究極的なものではない
のです。家庭には限界があると主は言われるのです。

◆家庭が究極的でない、それならば、現実の家庭は破壊されるので
しょうか。「神のみこころ」(マルコ3:34~35)は、家庭を破壊す
るのではなく、家庭を越えたところから家庭を支え、浄め、肯定す
るのだと言うのです。これはただ主の恵みの支配に委ねることから
出発することです。

◆限界あるものには、いわばそれ特有のすばらしさがあります。そ
れは、それを越えたものを指し示す象徴になることです。

◆ところで、主イエスは、わたしたちの家庭を象徴として用いてく
ださるのです。そこに家庭問題の究極的な解決の場があるというこ
とです。そして、わたしたちの家庭は、たとい破れた形であるとし
ても、主の交わり、父と子との交わり、神とその民との交わりの証
人としての家庭になれるのです。

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