◆神様は、福音宣教の使命を実現するために、各教会に個性と賜物を有する兄弟姉妹を呼び集めてくださいました。「この」場所に「この」人々によって、宣教されようとする神様のご計画を思い、各教会に与えられた存在意識や使命、夢を言葉化したものがミッション・ステートメントです。
◆この地上の人生だけがすべてではありません。地上の人生は、本番前のリハーサルのようなものです。死の彼方にある永遠の世界で過ごす時の方がはるかに長いのです。地上の人生は、次の人生への準備なのです。あなたは、永遠に生きる存在として造られたのです。
◆祈り会の日が祝日と重なり普段出席できない人が来ていた。私の隣には高1のM君。祈り会後の昼食の時、彼は「ユッコ先生よかったら少し飲みませんか」とコーヒーミルクのパックから私の紙コップに入れてくれました。何だかとっても嬉しかった。やさしさが身にしみる年齢です。
◆私は、昨年4月にバプテスマを受けたばかりの新米クリスチャンです。神様がいらっしゃる!ということを初めて知ったときの喜びは、いまだ鮮明に覚えています。
◆妻と結婚をしてから、家族寮で生活するようになりました。8歳年上で生まれ育った場所も違う妻とは、考え方や生活習慣の上で違いを感じることが少なくありません。
◆多くの人は、この地上に末永く残る遺産を作ろうと一生懸命になっています。自分がこの世を去った後も、みんなに思い出してもらいたいというわけです。しかし、最も肝心なことは、人々があなたの人生をどう評価するかではなく、神が何と言われるかなのです。どんなに立派な貢献をしてもいつか忘れ去られ、記録は塗り替えられ、名声は消え去り、業績も人々の記憶から消えていくということを、多くの人々は理解していません。この地上に財産を残すために生きるのは、近視眼的な生き方です。もっと賢い時間の使い方は、永遠に残る遺産を築くために生きることです。
◆次週(1/24)で、めぐみ館での礼拝は最後になります。その間礼拝場所は点々としてきました。(ある時は、会場が与えられず野外礼拝の時もありましたし、賛美を歌えない礼拝の時もありました)が、一度も「どうしよう礼拝場所が確保できなくて」という思いをしたことはありませんでした。
◆今月23日に会堂が(株)ペテロ建設よりJOYチャペルに引き渡されます。一年前にこの土地購入を決議し、会堂建築に踏み出し、今月31日から新会堂で礼拝をささげることができるこの恵みに与れるのは、私たちが素朴に聖霊の働きと、ご自分の教会を建てると言われたイエス・キリストに信頼を置いた信仰によるのだと思います。
◆いよいよ新会堂で礼拝をささげられる。この10年の歩みを振り返り教えられたこと、心掛けてきたことと同時に、これからの歩みを展望したい。
◆散歩道となっている会堂建築工事現場に立ち寄っているうちに、次の二つの御言葉が浮かんで来た。
「信仰の導き手であり、またその完成者であるイエスを仰ぎ見つつ、走ろうではないか」(ヘブル12:2)。「あなたがたの中で善い業を始められた方が、キリスト・イエスの日までに、その業を成し遂げてくださると、わたしは確信しています」(ピリピ1:6)。





