◆神様がアブラムに対して、アブラムから子孫が出ると約束してくださいました。しかし、なかなかその約束を見ることができません。しびれを切らしたサライは女奴隷のハガルとの間に子を授かるようアブラムに言いました。そして二人の間にイシュマエルが生まれました。(16章)

◆イシュマエルが生まれて13年が経った時、神様は再びアブラムの前に現れ、アブラムとの間に永遠の契約を結ばれました。神様との交わりの中、アブラムはイシュマエルのことを話しましたが、神様はアブラムとサライの間にイサクが生まれることを約束してくださったのです。(17-18章)                              
◆その後、「主が約束されたとおり」(21:1)サラはイサクを産みました。アブラハムとサラは不信仰によって、多くの失敗をしてきました。しかし、ここに主の約束が成就し、彼らは主への信仰を確立していったのです。神様にはご自身のご計画があります。それは、私たち人間の基準で測ることができるものではありません。神様の「時」によってそのご計画を実行されるのです。神様が用いられようとする器は様々な試練や出来事を通して、きよめ、整えてくださるのです。 

◆アブラハムとサラはそれぞれ、神様に応答しました。アブラハムは主の命令に従って、生まれた子どもにイサクと名付けました。そして、主の命令の通り8日目に割礼を施しました。イサクこそが、神様との契約を受け継ぐ者であると信じたのです。サラは、自分と夫の間に子どもが与えられると聞いた時、笑いました。(17:17、18:12)そして、イサクが生まれ時、「神はわたしに笑いをお与えになった。」(21:6)この言葉は、神様がサラを祝福してくださったが故の笑いであることを告白しました。

◆神様はご計画されていることを必ず実行される方です。約束したことを必ず守る方です。この神様に信頼していきましょう。御言葉によって約束されていることを信じていきましょう。

坂西恵悟
                       

◆神学校の教会実習で半年間お世話になったことが縁でJOYチャペルに通うことになりました。十分な学びもしないままにJOYに来ることになり恐怖に襲われていました。しかし、あたたかく迎えて下さり、10年間大きな失敗もなく 共に礼拝を捧げることが許され感謝でいっぱいです。私にとってJOYは第二の神学校でした。

◆朝、少し早めに教会に来て石田牧師と祈り、その日の礼拝について打合わせをするのですが、石田牧師は朝早く、一人で祈っておられ牧師室で顔を合わせる時には全身、聖霊に覆われていました。話をするときには互いに目を見つめ合って何でも話しをしました。心の中の全てを告白していました。

◆先生は、よく本を読んでおられ、本の中に出てくる感動する人物や言葉に出会うとすぐ連絡を取られ、どこにでも会いに出て行かれて親しい交わりをされていました。

◆教会は神の家族として一人ひとりを大切にされ、礼拝後はそれぞれ早く家に帰って肉の家族をも大事にされるよう導いて下さいました。

◆しもべ会でも神の家族会でも神中心の神主主義を貫かれました。礼拝、祈り会、ディボーションを重視され、キリストに似る者へと成長することをビジョンとして掲げました。天城山荘や山中湖でのビジョン修養会は良い話し合い、 楽しい交わりの場でした。

◆JOYは一人ひとり成熟した素晴らしい教会です。この教会に10年もいることが許され神の憐れみと恵みに感謝です。未完成の教会として使徒言行録を書き続けて行きたいと願っています。

わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。人がわたしにつながっており、わたしもその人につながっていれば、その人は豊かに実を結ぶ。
(ヨハネ福音書15:5)

神山 武

◆イスラエルは神様によって選ばれました。一番最初に選ばれたのがアブラ ハムです。なぜアブラハムが選ばれたのでしょうか。彼が非常に優秀だったからでしょうか。何か特技を持っていたからでしょうか。神様に誠実だった からでしょうか。彼が選ばれたのは、神様の恵みのゆえです。

◆アブラハムの父、テラは偶像礼拝者でした。(ヨシュア24:2)彼らがいたカ ルデアのウルという街は、月神礼拝の中心地だったそうです。ノアの子孫で したが、バベルの塔の出来事や時間の経過と共に偶像に対して心を向けてしまっていた様子を知ることができます。

◆テラたちはカルデアのウルを離れ、カナン地方に向かいました。その途中にあるハランという街で彼らは留まりました。このハランという街も月神礼拝が行われている街です。

◆ハラン滞在中に神様はアブラハムに語られました。(12:1-3)おそらく、ウルを出発した時に語られた言葉が再度繰り返し語られたのだと考えられます。 (使徒7:2-3)アブラハムは神様の言葉に従い、ハランを出発しカナンの地へと 向かいました。ここで神様の言葉には命令(12:1)と祝福の約束(12:2-3)がなされます。ここから、神様とアブラハム、イスラエルの民、私たちへの祝福の契約が始まります。

◆アブラハムは神様の言葉に従って旅立ちました。彼にも様々な事情があったことでしょう。ハランでの安定、財産、家族、彼自身の年齢などの事情がありながらも、彼は主の言葉に従いました。アブラハムは目に見えるものによってではなく、主の言葉を信じて出発したのです。

◆信仰によって、アブラハムは、自分が財産として受け継ぐことになる土地に出て行くように召し出されると、これに服従し、行き先も知らずに出発したのです。(ヘブライ11:8)

坂西恵悟

今週の一面『 創世記 ① 』12/9  

Shin1

◆聖書の一番最初の書物である創世記。創世記は、「世界の始まりと民族の起源」(1章〜11章)と「アブラハムの選びと族長たちの信仰」(12章〜50章)の2つに分けることができます。

◆神様がことばによって天地を創造し、すべてのものが神様によって創造されました。そして、人間を神様のかたちに似せて創造され、神様が創造された被造物を管理する役割を与えられたのです。しかし人間は、神様の戒めに背き、神様から離反していきました。その結果、人間のうちに罪の性質が生じてしまったのです。

◆アダムの息子カインは妬みによって兄弟のアベルを殺しました。そして、ここから人間のうちにある罪が増大していくのです。カインの系図から罪ある文化が構築されていきました。(4章)アダムにもう一人の息子セツが与えられました。このセツの子孫からノアが生まれ、ノアの息子セムの子孫からアブラハムが生まれ、ダビデ、イエスキリストとつながっていくのです。神様の救いの計画のスタートです。

◆ノアの時代、地上に人の悪が増し、罪が世に満ちていました。(6:5)これをご覧になった神様は、後悔しこの世界を洪水によって滅ぼすことを決意されました。しかし、ノアは神様の心にかなった生活をしていたため、ノアとその家族を救おうとし、箱舟を造るように命じられました。神様が命じられた箱舟は、当時非常に大きなものでした。現代の水力学から見ると、非常に安定した舟であり、どんな嵐でも転覆しないであろうといわれています。洪水後、ノアの息子であるセム、ハム、ヤペテから人類は増えていきます。このセムの子孫からアブラハムが生まれ、今も続く、神様との祝福の契約が結ばれるのです。

坂西恵悟

どんなにか私は、あなたのみおしえを愛していることでしょう。
これが一日中、私の思いとなっています。
」(詩篇119:97新改訳)

◆私たちはどれほど、御言葉を愛しているでしょうか。一日中、自分自身の思いになっていますか。この詩篇の著者は御言葉がどれほど良いものかを歌っています。他の箇所では金や純金よりも優っている、宝物を求めるように捜すとあります。御言葉はそれほど価値があるものなのです。ただの書物ではなく、価値のある神の言葉なのです。
神様は、私たちに人を愛すること、将来の希望も信仰の深みも御言葉によって与えてくださいます。そのことを私たちは御言葉から捜すのです。

◆御言葉には様々な面があります。1.種(Ⅰペトロ1:23)、2.剣(エフェソ6:17、ヘブライ4:12)、3.食物(エレミヤ15:16、マタイ4:4、Ⅰペトロ2:2新改訳)、4.火とかなづち(エレミヤ23:29)、5.鏡(ヤコブ1:23-25)このように御言葉の面を知ると、なお御言葉の価値を深めることができます。ぜひ、先に挙げた聖書箇所を開いて読んでください。

◆私たちの人生に大きな影響を与え、人生観を変える聖書。私たちが、この聖書を御言葉を深く知ろうとする時、私たち自身の力で御言葉を知ろうとしてはいけません。そこに聖霊が働いた時、私たちは、御言葉に感動し、励まされ、慰められ、力づけられるのです。そのために、祈りを持って、御言葉に向き合うのです。

◆御言葉を深く知るために、愛するために必要なことは、御言葉を読み続けることだけではありません。兄弟姉妹の御言葉の分かち合いを通して、私たちは深く知ることができます。(コロサイ3:16)そして、御言葉を実行することで私たち自身の内に深く御言葉が根付くのです。(ヤコブ1:22)

坂西恵悟

◆連盟総会の前日、11/13に相鉄沿線の牧師会、「なかよし牧師会」に参加しました。会の中で、希望ヶ丘教会の松矢師が6月に参加されたフォーラムの講義の内容を分かち合ってくださいました。講師のナタナエル・チョー師(台湾霊糧堂教会牧師)が台湾のキリスト教会の現状、ご自身の教会のことを交えながら、教会形成について講演をされました。この10年〜20年で台湾のクリスチャン率が2%から7%に上がっています。ナタナエル師の教会も、200人から1万人の教会へと成長していきました。

◆教会形成の中で一番大切なことは、「一致」です。もちろん、人と人、思いと思いの一致も必要ですが、何よりも大切なことは、天の父と御子イエスの一致です。「あなたがくださった栄光を、わたしは彼らに与えました。わたしたちが一つであるように、彼らも一つになるためです。」(ヨハネ17:22)神様とイエス様が一致した時、神に栄光が帰されました。私たちも一致した時に、神様に栄光が帰されるのです。私たちが何よりも求めることは、教会が大きくなること、他教会に対してモデルになることではなく、私たちに一致が与えられ、そこに神の栄光が現されることをまず求めていくことが必要です。そのために、神様と歩調を合わせ、人々と歩調を合わせることが大切です。教会がキリストにあって一つの体である、互いに尊敬し、互いのために祈り合うそのような「天国文化」を構築していきましょう。

◆この講演会は沖縄の教会で行われました。その教会も日本の教会の中でも大きく、現在400名の礼拝を捧げています。この沖縄の教会と台湾の教会で共通していたことは、「祈り」でした。JOYチャペルのミッションステートメントでも「祈り」を大切にしています。初代教会も一所に集まって祈っていました。私たちが一致し、神に栄光を帰すためにもっとも重要なことは「祈り」です。祈りなき宣教は考えられません。自分のために、家族のために、友人のために、教会のために祈る者でありましょう。

坂西恵悟

今週の一面『 目を離さない 』11/18  

Shin1

◆11/14-16に行われた連盟総会のテーマは「まなざしをまっすぐに」でした。総会牧師の金丸先生(仙台長命ヶ丘教会)からコリント人の手紙より御言葉が取り次がれました。JOYチャペルでは11/17に就任・按手式を終え、改めて新しい歩みをスタートしています。20年目の歩みを始めているJOYチャペル。これまでの歩みに感謝し、何を大切にしていくのか、何を目指すのか、様々な願いや思いがあると思います。その中で私たちが見る先はどこにあるでしょうか。目の前のタスクに向いていませんか。

◆期待や不安がある中で、私たちが見る先はイエスキリストです。私たちはまずイエスキリストをまっすぐ見ることが必要です。
信仰の創始者であり、完成者であるイエスから目を離さないでいなさい。」 (ヘブル 12:2 新改訳)

◆私たちは、道であるイエスを見るからこそ神様のもとへ進むことができます。試練があったとしてもです。イエスを見ながら歩む道には、確実に祝福が用意されているのです。これから、私たちは様々なことを行なっていくでしょう。様々な壁にぶち当たっていくことでしょう。目の前のものに目を注ぐ前に、まず私たちの救い主であるイエスをまっすぐ見て、主に委ねつつ、祈りつつ、宣教の働きを共に担っていきましょう。
目をまっすぐ前に注げ。あなたに対しているものに まなざしを正しく向けよ。」 (箴言 4:25)

坂西恵悟

◆イスラエルの歴史において、「アブラハム契約」と「モーセ契約」は土台になる契約です。その2つを結ぶ契約が「モアブ(パレスチナ)契約」です。神様からの祝福を約束したアブラハム契約と聖別され、祝福と呪いを約束されたモーセ契約。契約を守ることのできない民を見捨てることなく、アブラハム契約の祝福に加えるために与えてくださった約束が「モアブ契約」です。一言で言うならば、悔い改めによる祝福の回復がモアブ契約なのです。(申命記30:1-20)

◆神様との約束を守ることのできなかったイスラエルが悔い改め、もう一度神様のもとに立ち返る時、アブラハムを通して与えられている祝福の流れに加えてくださるという契約です。この契約は今後のイスラエルにとっても今の私たちにとっても重要な約束になります。イスラエルにとっては、バビロン捕囚からの神殿再建。多くの王様たちが、神の前に罪を犯し国は滅びました。捕囚されたのち、彼らに悔い改めが起こり、祖国への帰還、神殿の再建がなされました。まさに、悔い改めた先の祝福です。

◆主の教えに従うことが出来なかった時、「いけにえ」と「悔い改め」によって罪が赦されました。聖書の時代は必ず全焼のいけにえを携えてきました。しかし、現在の私たちは「悔い改め」だけで主の祝福を受けることができます。それは、イエスキリストが十字架の死によって、私たちの罪のための「いけにえ」となってくださったからです。

◆救いは律法を守ることではなく、悔い改めることによって得ることができるのです。そのことを旧約時代から教え、約束しているものが「モアブ契約」なのです。

坂西恵悟

今週の一面『 枯渇しない力 』 11/4  

Shin1

◆神様は40年間の荒野における教育を通して「温室のモーセ」を「荒野の雑草の様なモーセ」に変えられました。

◆そしてある日、モーセはホレブ山(シナイ山)において柴の火の中で神様に出会いました。柴は火がついていましたが、燃焼しませんでした。この柴は、モーセの姿を象徴したものでした。神が共におられる柴は、火がついても燃え尽きません。つまり、神様が与えてくださる力による情熱は枯渇しないということです。火がついたらすぐ燃え尽きてしまう雑草の柴の様なモーセが、灰にならずに「燃え尽きない火」となって神様の働きに仕えることができたのです。

◆マッチの火とランプの火の違いは何でしょうか。マッチの火はしばらくの間は大きな炎となって燃え続けますが、たちまち灰となってしまいます。芯がないからです。供給されている油がないからです。その一方でランプはずっと燃え続けます。なぜでしょうか?芯があり、油が供給されているからです。神様が共におられ、神様の御力の油(聖霊)に芯を下ろしているなら、その人は決して枯渇することがありません。

◆モーセはついた火が消えない人生を送りました。聖霊の力によって働きました。D.L.ムーディーは「働き人を壊すのは働き過ぎではなく、聖霊なしで働くことだ」と言いました。決して灰にならず、枯渇しない聖霊の人となって神様に仕えていきましょう。

石田政美

◆私の会社では、『魅力ある働き方』を目指して、「働き方改革」とか「WLB(ワークライフバランス)の向上」とか「抜本的生産性向上」とかを全社を挙げて取り組んでいます。柔軟で多様な働き方を目指し、WLBが良くなり、モチベーションも高くなって魅力ある働き方が実現することは良いことですが、弊害も多いような気がします。無駄を無くして生産性の低いものは切り捨てて、スピードを競い最短距離でゴールを目指す中で、時には目的と手段を混同してしまい、大切なものまで切り捨ててしまったり、思考停止に陥る危険性もあります。

◆一方、私たちの人生や教会生活において、もし「効率性」や「生産性」、「合理性」が常に最優先されるとしたら、どこかギスギスしてきたり殺伐としたものになってしまうのではないでしょうか? モーセに導かれて出エジプトの旅を続けたイスラエルの民の出来事は、私たちに多くの示唆を与えてくれます。彼らは、昼は雲の柱によって、夜は火の柱によって導かれ、様々な訓練も受けました。40年もの年月をかけた"回り道"によって、整えられカナンの地に導かれました。時には、"待つ"ことができずに、人の知恵や力にのみ頼り失敗したこともありました。効率は悪いけれど"待つ"ことや"回り道"をすることで、霊の目が開かれたり、神の恵みや祝福に出会えたのです。

◆JOYチャペルは20年目の歩みを坂西先生と一緒に歩み始めました。効率性や合理性ばかりを追い求めるのではなく、ひとりひとりの賜物や弱さや限界を認め合い、時には立ち止まったり回り道をしながら「主が共におられる教会」として、「主からの希望と喜びを分かち合える教会」として、「イエス様の福音を宣べ伝える教会」として用いられることを祈りつつ踏み出していきましょう。

澤田 猛

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