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◆サムエル記上17章は、旧約聖書の中でも有名なダビデとゴリアテの物語です。ペリシテ人は戦いに備えて軍を招集しました。彼らが陣を敷いたのは、エルサレムの南西約27km、ベツレヘムからは西方約20kmのところに丘陵地帯です。ペリシテはソコとアゼカの間、イスラエルはエラの谷にそれぞれ戦いに備えたのです。

◆ペリシテには身長280cmを超えるゴリアテが、青銅の装備を装着していました。ゴリアテは、イスラエル人に対し、一騎討ちを挑み、敗れた方が奴隷になるように呼びかけました。この一騎打ちの習慣は、当時のイスラエルのものではありません。ギリシャの習慣でした。ゴリアテは、挑んでくる者などはイスラエルにいないと侮り、愚弄し続けました。また、イスラエル人だけでなく、イスラエルの神をも愚弄していました。そのことを気づいていないイスラエルは、この屈強で、大きなゴリアテを前に、恐れおののいていたのです。イスラエルの神を愚弄することの深刻さを明らかにしたのは、少年ダビデだけでした。

◆サウルをはじめ、イスラエルの民はゴリアテの前に恐れおののきました。目の前にいる、たった一人の脅威に怯えていたのです。これまでのイスラエルの戦いを振り返ると圧倒的不利な状況で、勝利をしたことがありました。サウルが王となって2年の時、戦ったペリシテとの戦いでは、圧倒的な戦力差がありながらも、ヨナタンの信仰をもった行動により勝利しました。主により頼む先に、主にある勝利がありました。しかし、この時のイスラエルは主により頼むという考えに至らず、ただただ目の前の脅威に怯えていたのです。しかし、信仰によって歩むダビデにとっては、この戦いは主の勝利が約束されたものだと確信を持っていたのです。

坂西恵悟

◆16章から、いよいよダビデが登場します。サムエルは、サウルのことを嘆く日々を過ごしていました。主なる神様が、サウルをイスラエルの王としたことを後悔されていたからです。神様は、サウルに変わる新しい王を立ててくださいました。神様の命令によってサムエルはベツレヘムに行き、そこでエッサイの子ども達に会いに行きました。新しい王として油注がれるべき人物は、エッサイの子であったからです。

◆サムエルは、ベツレヘムで混乱が起きないよう、主にいけにえをささげるために来たと伝え、エッサイの子ども達にあったのです。サムエルは、エリアブに目を留めました。そして、確信を持ってエリアブが油注がれる者であると思ったのです。しかし、神様の答えはNOでした。主は、サムエルに「容姿や背の高さに目を向けるな。わたしは彼を退ける。人間が見るようには見ない。人は目に映ることを見るが、主は心によって見る。」と語られたのです。エッサイは、サムエルの前に7人の息子たちを通らせました。しかし、7人とも違っていました。羊の番をしている末っ子のダビデが連れてこられた時、主なる神様は「立って彼に油を注ぎなさい。これがこの人だ。」と命じられたのです。

◆神様が選ばれたダビデも血色が良く、目は美しく、姿も立派な人物でした。このダビデの姿は「人間が見る」基準と同じように思えます。エッサイはダビデが幼いことから、サムエルの前に連れてくるということをしませんでした。なぜ、神様がダビデを選ばれたのかは、わかりません。しかし、心を見られる神様は、ダビデが適任であることをご存知だったのです。I.コリント1:26-28にあるように、神様は無に等しい者を選ばれたのです。「愛された者」という意味の名のダビデ。私たちは、この世の評価ではなく、神様に愛された者として評価されているのです。神様に愛された者、神様の恵みを受けた者であることを感謝していきましょう。

坂西恵悟

◆サウルの物語もいよいよ終盤へと入っていきます。この15章では、サウルはアマレク人との戦いに出ていきました。イスラエルの民の悩みの種は、ペリシテ人でした。民が求めていたのは、ペリシテ人に勝利し、安定した王国を建てあげるための王様でした。サウルは、その民の期待を背負いながらペリシテと戦い、勝利しました。ペリシテ人との戦いは、サウルの生涯をかけて行われていました。しかし、アマレク人との戦いは民が求めるものではありませんでした。民は、問題ともしていなかったことでしょう。けれども、主なる神様からの言葉は、そのアマレクを滅ぼし尽くすというものでした。そのきっかけは、出エジプトの時、イスラエルが約束の地に入るのを最も卑劣な方法で妨げようとしていたからです。彼らは、主なる神様の敵対者だったのです。(出エジプト17:16)

◆サウルは、この命令に従い、アマレクと戦い、勝利しました。しかし、神様が命じられたことを100%守ることはしませんでした。(15:9)サウルのこの行動により、神様の御心にかなう人物ではないことが明らかになってしまったのです。神様は、サウルを王としたことを後悔され、そのことを知ったサムエルは、深く心を痛め、主に叫んだのです。

◆一方サウルは、戦勝碑を建てました。そして、尋ねてきたサムエルに対し、主の命令に従ったと報告したのです。彼は、自分の罪に気づいていなかったのです。サムエルの忠告を聞いても、自分を正当化しました。サムエルは、主の御声に聞き従うことが主が喜ばれることだと語り、サウルの王位が退けられることを告げました。ここまで聞かされて、やっとその罪に気付き、罪の赦しを求めましたが、主の裁きの言葉が取り消されることはありませんでした。

◆この15章では、サウルのことを嘆き、王としたことを悔いている神様の姿を見ることができます。民を愛するが故に悔いておられる姿です。しかし、神様の悔いる姿は、イスラエルに対する救いの希望を明確に表しているのではないでしょうか。人の罪と、神様の見捨てることのない愛を私たちは見ることができるのです。

坂西恵悟

◆13章で集められた3000人の兵たちは、ペリシテ軍の圧倒的な数の多さ、武力に怖気付いて、隠れ、逃げ出していました。サウルのもとに残った兵士はおよそ600人でした。しかも剣も槍も持っていませんでした。サウルは、ミグロンのざくろの木陰にいました。元々の言葉では、「座っていた」という意味であることからも、その場から動くことができなかったのでしょう。そんな中、息子ヨナタンは行動をしていったのです。

◆ヨナタンの行動には、ヨナタンの信仰が見られます。彼は、迷うことなく、ペリシテ軍の元へと進んでいきました。兵の数の多少を問題にしていなかったのです。ここにヨナタンの信仰があります。ヨナタンは自分自身に自信があるのでも、自分の力を過信しているのでもありません。「主が計らってくださるに違いない」という神様への信仰を持って進んでいったのです。ヨナタンは、主が答えてくださるしるしを受けて、勇気をもって敵陣に攻め入りました。従者との2人での戦いがどのようなものか具体的ではありませんが、結果20人の敵を倒し、ペリシテ軍全体に動揺を引き起こす結果となりました。

◆一方、サウルはペリシテ軍の動揺を知り、祭司アヒヤに対し、神の箱を運ぶよう命じましたが、それを途中でやめ、攻勢に出ました。主の救いによって、イスラエルは形勢逆転することができたのです。サウルは、神様に託宣を求めようとしながら、それを途中でやめたり、無理な誓いを兵士たちにさせ苦しめました。サウルの神様に対する信仰の一貫性を見ることができません。

◆サウルは、イスラエルの王として国のために戦った立派な戦士であり、指導者でした。彼なりの神様への信仰を表そうとしていました。しかし、その神様への敬虔さは、神様の言葉に聞く信仰ではなかったことが明らかにされていくのです。

坂西恵悟

◆サムエル記上13章-15章は、サウルの戦いがまとめられています。サウルが王となったのは、30歳の時であるとされています。(新改訳第三版、口語訳) しかし、ヘブル語の原本では、その年齢の部分が欠けており、ギリシャ語訳の写本に30歳という数字が加えられています。ですから、正確な数字が明確になっていませんが、ヨナタンという戦士の息子がいることからも、その年齢に近いのかもしれません。

◆サウルは、ペリシテ人に対抗するために、兵を召集し戦いに備えました。ヨナタンがペリシテ人の守備隊を打ち破ったことがきっかけとなり、戦いが始まっていきました。しかし、ペリシテ軍はイスラエルの10倍以上の人が集まり、イスラエルは戦意を喪失してしまいました。

◆サウルは、このような中にあっても、サムエルの命令を守りました。(10:8) サウルの王様としての行動は、勇敢であり、責任感を持ち、サムエルの命令にも忠実に従っていたことがわかります。けれども、その約束の期日が終ろうとしている中で、次々と離脱していく兵たちを見て、サウルは動揺し、焦ったのです。そして、サウルは献身を表す和解の献げ物を献げたのです。焼き尽くす献げ物を献げ終わった時に、サムエルは到着したのでした。この光景を見たサムエルは、サウルを非難したのです。

◆サムエルが非難したのは、サウルが神様のことを求めなかったことでした。たとえ、7日間待ってサムエルが現れなかったとしても、サウルが行うべきことは神様の言葉を求めることだったからです。

◆私たちは、試練に直面する時、御言葉よりも自分の思いや感情を優先して判断してしまうことがあります。イエス様がゲッセマネで苦しみながらも神様の御心を求めたように、私たちも主のご計画を信じ、御心を求めて祈ることが大切なのではないでしょうか。

坂西恵悟

◆サムエル記上12章は、サムエルの告別説教とも呼ばれています。サムエル自身の生涯をすべての民の前で総括し、神様がイスラエルになさった御業を振り返り、民の誤った行動を明確に表し、彼ら真の神様に立ち返るよう語ったのです。

◆これまでの預言者たちも、イスラエルの歴史を振り返り、繰り返し語ったきました。主が、ご自分の民にどのように働かれたのかを思い起こさせるためです。神様がモーセを立て、イスラエルの先祖をエジプトの地から導き出された方であるということです。それにもかかわらず、民は主なる神様を忘れ、偶像を礼拝しました。それにより、シセラ、ペリシテ、モアブなどに、苦しめられたのです。士師の時代を終わりに迎え、アンモン人のナハシュがイスラエルに向かって攻めた時、彼らはこれまで、様々な脅威から救ってくださった主なる神様ではなく、人間の王を求めました。サムエルは、イスラエルの民が主ではなく、人間の王を求めたことを罪であると指摘し、主はそれでも、民の上に王を置くことを許されたことを説明します。そして、民に対して、主の律法を忠実に守るように勧めたのです。

◆詩篇103:2に、このような御言葉があります。
わがたましいよ。主をほめたたえよ。主の良くしてくださったことを何一つ忘れるな。(詩篇103:2/新改訳)

◆私たちの生活を振り返った時、どれほど主なる神様が私たちに良いことをしてくださっていたでしょうか。一方で、良いことをしてくださった神様に、私たちはどれほど応答することができたでしょうか。聖書は一貫して、心を尽くし、魂を尽くし、力を尽くして神様を愛するようにと語っています。これは、イスラエルの民だけでなく、私たちに対してもです。主の御業を思い返す時、悔い改めも生まれてくることでしょう。私たちは、私たちを愛してくださる主に忠実に、誠実に従うものでありたいのです。

坂西恵悟

◆アンモン人ナハシュは上ってきて、ギレアドのヤベシュを包囲しました。ヤベシュは、ヨルダン川中腹あたりの東にある町です。アンモン人が住んでいる地域のすぐそばにある町でもあります。そのヤベシュにアンモン人は陣を敷きました。ヤベシュは、勝つ見込みがなかったために、和平を申し入れましたが、アンモン人たちは右の目をえぐり取ることを条件に和平を受けようとしたのです。ヤベシュの長老たちはイスラエルの全土に置かれている状況を伝えました。

◆この状況を聞いたサウルに神の霊が激しく降り、彼は怒りに燃えました。サウルはサムエルとの連名でイスラエル中の人々に戦いに出るよう伝え、アンモン人との戦いに出陣しました。サウルにはまだ戦争の経験がありませんでした。その状況で彼が勝利することができたのは、神の霊が激しく降り、知恵と力が与えられたからです。私たちも怖気づくような出来事を目の前にしたとしても、聖霊の助けによって、そのことを乗り越え、勝利がもたらされるのです。

◆イスラエルはアンモン人を打ち破ると、サウルを認めていなかった人々を処罰するように訴えました。しかし、サウルは戦いの勝利は神様からのものであることを告白し、民の提案を退けたのです。サムエルはギルガルで王国を興すことを勧め、彼らはそれに従いサウルを王とし、主に和解のささげものをささげ、喜び祝ったのです。

◆この後、このサウルでさえ、大きな失敗を犯してしまいます。主が勝利をもたらしたと語り、主に栄光を帰していてもです。私たちも同様の状態になってしまいます。ですから、私たちは初めの愛から離れないようにし、悔い改めて主の前に帰ることが大切なのです。(黙示録2:4,5)

坂西恵悟

◆人生で決断を迫られる時が誰にでもあると思います。小さな決断から運命を決める大きな決断まで、ある意味では人生は決断の連続であるというふうにも言えると思います。

◆私の人生で最大の決断は、もちろん牧師になるということでした。この神の召しに、決断できず必死に祈りました。何か神から示されないか、聖書のあちこちを読みました。又、信頼する人に打ち明けました。できれば牧師ではなく、他の道で神様に仕えることを願いました。

◆決断する材料のひとつになる文章に出合いました。「すべての仕事は目についたところから、ちょぼちょぼやればいいのだ。そして未完で終わればいいのだ。神のごとき公平な決断とか、すべての仕事を完璧にやりおえて死ぬことなど、私たち人間にはできることではない。神によって流される生涯を生きればよいのだ」。

◆「神によって流される」ということは一見受身的ですが、「もし、神がお望みなのでしたら、仰せの通りになりますように」という積極的な決断、献身を迫る言葉でした。モーセは80才という高齢で神に召され、イスラエル民族の「主エジプト」という一大事業を遂行しました。それこそ、神によって流された人生、神に振り回された生涯でした。

◆私が献身の決断をしてから「神によって流される」40年間、常に神に知られ、神に配慮される歩みでありました。

石田政美

◆サムエルによる油注ぎを受けたサウルは帰途につきました。サムエルの言っていた通りの出来事を受け、サウルは心を新たにされていきました。しかし、サウルはおじに対して、自分自身に起きた出来事すべてを話したわけではありませんでした。王位については語らずに黙っていたのです。

◆サムエルは、ミツパに民を呼び集めました。王を選ぶにあたり、出エジプトから士師の時代に至るまでの神様の確かな守りと導き、恵みを思い返しました。それと同時に、民がこのような恵みをくださった神様を退け、王を求めていることを明確にしたのです。

◆くじによる選出は、旧約聖書でも新約聖書でも行われています。ここでのくじは、ヨシュア記で行われているものと同様に大きい単位から小さい単位に絞る方法が取られます。この方法によって、サウルは選び出されました。ここで大切なことは、くじによる選定ではなく、くじの前に「主のもとに」集まったことが大切だと考えます。新約の使徒たちの選出の時のように祈りがなされていたことは明らかになっていませんが、サムエルはくじに先立ち祈っていたのではないかと考えられます。つまり、方法ではなく、祈りをもって主の御心を求めて行っていくことが大切になるのです。

◆サウルは、くじによって選ばれました。彼の行動は、謙遜のように見えますが、謙遜ではなく、自信のなさの現れでした。民はそのサウルを「王様万歳」と喜び叫んで受け入れたのです。サムエルは民に王の権能について語りました。神に心を動かされた勇士たち、すなわち信仰者たちは主がサウルを選ばれたということを確信し、サウルについて行きました。一方で、ならず者たちは、サウルを侮り、ついていくことはしませんでした。彼らは、主の御心ではなく、自分自身の判断で行動していたのです。私たちは、主に心動かされる者となり、主の御心を求めていく者でありたいのです。

坂西恵悟

◆いよいよ、待望の王様が誕生します。サムエルは、サウルの頭に油を注ぎ、主がサウルを指導者として選ばれたことを伝えました。この油注ぎは、サムエルとサウルの間だけで行われました。つまり主なる神様がサムエルを介してサウルを王として任命されたのです。

◆油を注ぐ儀式は、物や人を聖別するために行われたものです。王だけでなく、祭司や預言者を任命する時にも行われました。サムエルはこの油注ぎは主からのものであることをはっきりと明言しました。
主があなたに油を注ぎ、御自分の嗣業の民の指導者とされたのです。」(10:1)

◆サムエルは、サウルに油注ぎの後、これからサウルに起こることを告げました。①二人の男に会うこと。②礼拝に行く3人の男と会い、2個のパンを受け取ること。③預言者の一団に出会い、主の霊がサウルに激しく降り、預言をする(新しい人/新改訳)状態になること。この3つがサムエルが伝えたものでした。サムエルはさらに、サウルに対してそのしるしを受けたら「しようと思うことは何でもしなさい」と言いました。新改訳2017では「自分の力でできることをしなさい」となっており、口語訳、新改訳3版では「手当たりしだいに何でもしなさい」と訳されています。

◆主の霊が降り、新しい人とされたサウルでしたが、彼の行動は主の願われたものへとはなっていきませんでした。サムエルからギルガルで待つようにと命じられながらも、それを守らずサムエルに代わり全焼のいけにえをささげました。結果、主の霊はサウルから離れ、悪霊がサウルをさいなむようになったのです。(16:14)

◆「しようと思うことは何でもしなさい」とは、自分自身からの出てきたものではなく、神から出てきたものを行っていくということです。ですから、主の言葉を第一にしていくことが大切なのです。

坂西恵悟

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