新緑の森の中に、その祝いの席は用意されていた。30年来の友人が人生の半ばを過ぎて人の妻となった。その人は、ある時には支援が必要な子どもやその家族に寄り添い、一つひとつの命を大切にしてきた人。気が付けば年齢を重ね、知らずしらず自分の心も体も随分と痛んでいた。

相手もまた老いを迎える齢の人。生みの母を含め3人の母を持つこの人は、継母が年若くして認知症を患ったため、長い間働きながら介護を担い、婚期を逸したとか。この継母は、実の子ども以上にこの人を愛してくれ、しかも聡明で美しい方だったようだ。それだけに、この人の心の中には様々なつらい葛藤と哀しみがあったに違いない。

それぞれに「人生の海の嵐にもまれ来し(新生讃美歌520番)」人たち。この二人がもっと若い時に出会ったとしても、こうはならなかったのに違いない。「優(しい)」という漢字を思い浮かべるがいい。「人」は「憂い」、苦しみと哀しみをたくさん持ってはじめて本当に人に優しくなれるのだと。神がその二人を透徹し、その心の内にある本当の「優しさ」に目を留めて結び合わせたとしたら、それは「神の業」以外のなにものでもありえない。

この二人を出会わせるために奔走した人々の中にも、最近家族や肉親を思いがけず失った人がいる。この二人は、そういう人たちの傍にも寄り添ったのだという。
そんな中でのパーティ、そこに集うすべての人が喜びにつつまれた。山の幸いっぱいのご馳走がふるまわれ、集まった友人たちの心からの祝福の言葉に、ふたりは輝く笑顔で応えた。一人ひとりの祝福の言葉が、「感謝の祈り」に聞こえたのは、私だけだろうか。

 人が新しく歩み直そうとしたときに、与えられた出会いを通して集められた人たちが、ひとつの食卓を囲んだ五月の夜。誰が言うのでもなく、神様の暖かい眼差しと祝福がその場を包んでいた。

「神のなさることは、すべて時にかなって美しい。」(新改訳「伝道の書」3:11)                                             

By おたね&父ちゃん

クリスチャンになってから「私たちは神さまに作られた作品だ。だからその意図を知り、それにそって懸命に生きるべきだ。」と教わりました。
そこで「神様の意図ってなんだろう、僕に何をしなさいって言ってるんだろう。」と40歳を越え、人生も後半戦の今、改めて考えてみました。

私は5年前、営業職から内勤職になり「売る」ことからは離れた部署になりました。そもそも始め、営業の仕事をしたくて営業職になったわけではありませんでした。それでもコツコツとやって、それなりに買ってもらいました。しかし30歳代後半で「この契約を獲得したら社内でもスーパースターになる」ような大きな交渉があまりうまくいかず、それを境に営業への情熱もなくなっていきました。ほとんどの人はそれでも①(下記)、たまに②の道を歩む中、私は「①も②もなんか違うけどそれしかないもんな」と思っていました。
しかし神様は③の道を与えてくれました。今考えると苦しみながらも営業職の経験をしたことは「いっぱい成功も失敗もした私が言うんですから間違いありません!」と堂々と立場の弱い人の意見も代弁できるためだったんだなと思います。感謝です!
①営業職で現場で売り続ける。
②営業職の経験を生かし、よりよい商品戦略を練る仕事をする。
③営業職の現場での福利厚生などを管理しつつ「もっとこうしたら働きやすい」という声を反映させる。

byとと

ハレルヤ!
今からおよそ40年ほど前、テニス部に入部した初日に顧問の先生から言われた事。新入生は、球拾いから始めます!先輩が打った球をみんなで拾い、その間にテニスコート一面に響き渡る大きな声で『ファイト、ファイトォ〜』と声をかけ合ってください!
大きな声を出すのには、ちょっと勇気が必要だった。近くにいた同じ新入部員の仲間の1人に話しかけた。『一緒に声出そうね、そうしたら恥ずかしくないね、ヨロシクね!』
これが、私と彼女の出会いだった。子供の頃から背が高い方だった私より、さらに長身で、顔も体も真っ黒に日焼けした彼女がニッコリ笑顔を返してくれて、『ファイト、ファイトォ!』と2人で同時に叫んで、2人で笑った。気の合いそうな友達が見つかった時って、当たりのクジを引いた気分。
あれから、お互い勉強して、恋をして、仕事に就いて、遠くに旅して、お嫁に行って、子供が生まれた。同じ年に父親を亡くし、息子が2人と言うのも一緒だった。
それぞれ生活が忙しくなって、学生時代の頃に比べたら、会う機会が減ったものの、年賀状が届けば元気にやっていることが伺えた。
昨年、JOYチャペルで開催されたコンサートに彼女を呼んだ。コンサートが始まる前の牧師のメッセージで、心が揺れたと彼女は言う...礼拝に行ってみたいと...その次の週から、私の隣に座って礼拝に出席している。キリスト教について、何もわからないから、どうしたらいいの?と聞かれて、牧師が、イエス キリストの御名により、感謝してお祈りを捧げます、と言ったら『アーメン』って周りの人達が口にするから、心の中でいいから、『アーメン』って呟いてね!
ねぇ、テニス部に入った時、2人で一緒に『ファイト、ファイトォ』って言ったね。神様はあの時既に、お互いが励まし合って、祈り合える友を与えてくれていたんだね。

青春ドラマじゃないけど、夕陽が沈むテニスコートを眺めていたあの日は、40年の時が過ぎて、今は朝の光に包まれた十字架を、肩を並べて見上げている。

主よ、どうか大切な友達が、信仰の道を歩めるよう、私が彼女にかけてあげらる声援を日々与えてください。

by MxM

瞬きの詩人 水野源三(1937年~1984年)さんの詩を紹介します。
彼は9歳の時に罹った赤痢の高熱によって重度の脳性麻痺を起こし、首から下は動かなくなり、ことばの自由も奪われました。身体の不自由な彼は、母親が51音を書いた文字板を指で示し、瞬きをする事によって自分の意思を伝えました。12歳の頃から聖書を読み始め、毎日欠かさずに訪ねてくれた牧師の愛によりクリスチャンの生涯へと導かれ、その後、数多くの詩を残しています。

学生時代、彼の詩に励まされ、暖かい心にされたことを思い出します。

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「有難う」
物が言えない私は 有難うのかわりにほほえむ
朝から何回もほほえむ
苦しいときも 悲しいときも
心から ほほえむ


「しゃべれない 書けない」
私のまばたきを見て、一字一字拾って 詩を書いてもらう
一つの詩を書くのに 十分 二十分 三十分
義妹の愛と忍耐によって
一つ二つ三つの詩が生まれる 
神様に 愛されて 生かされている
喜びと感謝を 詩に歌い続ける
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by しん1

4月の終わりくらいから相鉄・南万騎が原駅前の道路の両側に、色とりどりのハナミズキが咲き始める。街路樹にハナミズキが植えられるのは珍しいのだとか。
 今までは初夏らしい爽やかな花木だなあと眺めるだけだったが、急に身近になる出来事があった。
わが子のようにして一緒に12年間共に暮らしてきた飼い猫が急死した。
亡くなった日の記念の植物花がハナミズキということで、アメリカの日本語教会に赴任される牧師ご夫妻から苗木をいただいた。この花は日本語教会のあるノースカロライナの州花でもあるとのこと。ペットの死という小さな哀しみ、しかし家族である私たちには大きな悲しみに目を留めて、慰めを与えられる神様のみ手がそこにあった。
 苗木に添えられたカードに、こんな言い伝えが書かれていた。
「昔、ハナミズキの木は、今よりももっと太くしっかりしていたため、イエス・キリストの十字架に使われました。ハナミズキの木はそのことをとても深く悲しみ、それを可哀想に思ったキリストは、もう二度とハナミズキから十字架が作られないようにハナミズキを曲がった細い木にしてあげようと約束しました。しばらくしてキリストがはりつけにされ、後にハナミズキの木はキリストが言っていた通りに幹は曲がり、花は十字架の形になりました。花びらの緑は、釘の錆と血痕で茶色と赤に染まりました。花の中心はキリストがかぶせられた茨の冠のようになって、人々にキリストの惨劇を思い出させてくれるようになったと言われています。・・・」
 夫は、遺骨のそばにおかれたハナミズキを無言の内に眺め、涙を流す代わりに、「花が3つ咲いた」と言う。もういないという喪失感は埋めようがないが、花を見ている内に、12年間ありがとうという気持ちが強くなってくる。これも神様の慰めと励ましの業かと。
いつまでも身近に置いて眺めていたい想いに区切りをつけて苗木を庭に移した。今朝もほんのり赤く染まった十字架形の花が3つ、5月の陽射しを受けて咲いている。

「主よ、あなたの恵みは天にあり、あなたの真実は雲にまで及びます。」詩編36:6

By おたね

生活している中で、あれがあったらいいなとか、これが欲しい、と思うことは多々あります。
ただ、冷静に考えた時に、それは本当に必要なのか?と聞かれて、なければ困る、というものは意外と少ないことが多いですよね。

物理的なもの以外にもそのようなことはあります。
仕事をされている方であれば、今より収入の良い仕事がいい、隙間時間でできる仕事がいい、などと考えることもあります。

それらが必要かどうかを判断するのは誰なのでしょうか?

私は神様だと思っています。
仕事を変える中で、神様との会話する時間が増える、教会奉仕にあてる時間が増える、ということに繋がるのかどうかということを基準にしているのではないかと思います。
ただ金銭的に恵まれたいから、体力的につらいから、というような、物理的な理由だけで求めても、神様はそれを必要とせず、与えられないこともあります。

しかし、本当に必要なことであれば、神様は際限なく、愛を持って私達に与えてくださいます。

本当に必要なことか、なんのために必要なのか、神様と会話しながらこれからも歩んでいきたいと思っています。

by Hiro

私の働いている障がい者作業所に通っている、20代男性。

彼はよく、幻聴のために大声を出してしまう女性の声に反応して、
「◯◯さん、うるさい?」
と言っていました。幻聴が聞こえる彼女は、その声のヌシと戦っており、いつも大声で格闘をしています。

「◯◯さんうるさい?」
という彼の発言を聞いて、私はとても悲しくなり、
「◯◯さんは困ってるんですよ。」と説明しました。
それから彼は、彼女が大声を出すと
「◯◯さん、困ってる?」 と言うようになりました。

作業所の中で、大声を出す彼女に対して「うるさい」と言う人が多かったため、彼の中にインプットされてしまった言葉だったようです。

我が家の息子の言動に、いちいち文句をいいたくなる私ですが、この原因を作っているのは親の私の言動ではないかと思います。つまり、彼の中に、インプットしてしまったのは、私自身、、、。

さらに、最近はテレビやパソコンからたくさんの情報を得て、考えることもなく、「受けた情報そのまま」を疑問もなく受け入れています。

これが、聖書のみことばだったら、どれだけ素晴らしいか、と今になって気がつかされ、ただただ私自身、ディボーションの毎日です。地味なことですが、みことばをいただき、家族のために祈ることが、今できる不可欠なことだと信じています。

by りかち。

教会でもスポーツをすることがあります。
春(4/29)と秋(11/3)に横須賀の教会が中心となり、神奈川県の諸教会がソフトボールの試合をします。いい気候のこの時期に、体を動かし、更にヒットを打てたり、いいプレーができるととても気持ちがいいです。

【コミュニケーション】
ただ聖書には「スポーツは体にいい」とか精神的にもいいなどといった記載は特にありません。では何で教会がスポーツをするのでしょうか?
私なりに考えてみると、ボールを投げたりとったりすることでコミュニケーションが生まれる。「いいプレーだね、惜しかったね」とお互いのことを考えたり、思いを伝えることでもコミュニケーションが生まれる。来週は会えない人とも、そんな流れなら自然と会話も生まれるからではないでしょうか。
その楽しみがあるので、以前は最後に「優勝チームはここです」と発表があったのですが、最近は1試合ごとの結果を集計してたりしてなかったりです・・・

【皆さんも是非!】
ところで今回の試合に備え、中古ですが念願のバットを購入しました。
今までは横浜JOY教会チームは、本来子供用の小さいバットを使うか他教会のものをお借りしていました。購入にあたり
bat1.jpg
(すごく軽くて万人が振り抜き易い)か
bat2.jpg
(少しだけ長くて重いけど振れれば①より飛びそう)か非常に迷いましたが,
①にして他の教会の方々も「これいいよ!」と使ってもらってとてもよかったです。
是非皆さん①を振りに秋はソフトボール大会にご参加下さい!

by とと

ハレルヤ!

私には2人の息子がいます。
年齢差14ヵ月、長男は保守的で心配性。
次男は怖いもの知らずの無鉄砲者。

ある時、幼い頃の2人は家の中で忽然と姿が消えてしまったことがあった。
血眼になって、何処に行ってしまったのか探していると、2歳の兄は押入れの中でスヤスヤと眠っていて、1歳の弟は屋根をつたい外壁にしがみついていた。
近所の人から自宅に電話がかかってきて、お宅のお子さん、家の外...信じられませんが、大きな昆虫みたいに壁にくっついてますと...寝室の窓から出てしまったのだ。

生傷絶えない弟の方は、救急車に何度乗り込んだことか...九死に一生の交通事故に遭い、前歯は上下全て失くしてもいる。腕を骨折しているにも関わらず、喧嘩を売られたと買ったら、複雑骨折に病名が代わり、次男のヒヤリとするエピソードは、社会人になるまで続き、学校に通わせていた時代の親子面談の帰路は、肩を落とし道の端っこをトボトボ歩く私だった。

2年前、次男は晴れて社会人になって、東京で自活するようになり、ようやく心配ごとは収束すると踏んでいたが、その年齢にあった警笛は鳴り止まなかった。

ある時朝早く、宅急便の荷物が届いた。
配達のお兄さんが一言!寝袋50個、テント30個お届けで〜す。
こんなのは序の口で、一人暮らしのワンルームに置けないものが次々と配達された。

そして最近、その次男からメールが送信された。
『母さん悪い、お金貸してくれ』だった。
加えて『俺、仕事で一年インドに行くことになった』。
会社がデリーに支社を開設するということで、自己推薦で挙手して決まったと。
高校も大学も、いわゆるAO入試。コツコツと勉強して受験した記憶のない息子は、会社勤めしてもそうだった。
幾らかは会社が準備金を用意してくれるみたいだが、貯金ゼロの息子にとって、インドでの生活は不安が募るのだろう。

礼拝メッセージでは、何度も放蕩息子のたとえ話を聞いてきた。

我が次男は正に来週、親からお金を借りて、インドに旅立つ。
一年後、果たして私は、様々な経験をした息子に走り寄って、よく帰ってきたと、新品のスニーカーを履かせて、好物の鶏の唐揚げを作って待ち構えるのだろうか?

聖書を読んで、本当のところ疑問が残る箇所を、主は私に一番分かりやすく体感させてくださる。インドのデリーと言えば、空気が非常に汚れていて、水は全てまともに飲めず、摂氏50度近くまで気温も上がり、犯罪も多発する場所だ。
デリーの街で、主の導きが次男にあることを祈る。

by MxM

ラジオ牧師、大衆伝道者として活躍された羽鳥明先生が、4月10日に96歳で天に召されました。その数日前になぜか羽鳥先生のことが気になり、現在どのようにしておられるのかと思い、インターネットで初めて「羽鳥明」という文字を検索しました。そして今は引退しておられることを知りました。 検索から1週間後ぐらいにニュースで、数日前に天に召されたことを知り、とても驚き、不思議に思いました。

私がアメリカ留学中、ある教会の集会に友達に連れられて行ったときに、メッセージを語っていたのが羽鳥明先生でした。その福音のメッセージを通してイエスキリストを信じる信仰へと導かれました。
毎週、礼拝の賛美練習の前に、奉仕者みんなが心を静めるために輪読しているテキスト 「今日の詩篇 明日の詩篇」は先生の著書です。
psalm.jpg

羽鳥先生は、大衆伝道者として、日本中、世界中を駆け回って、福音を宣べ伝えている方でしたから、私が先生を通してイエスキリストに導かれたなどということは全くご存知なかったことでしょう。しかし、その働きは、私の人生を大きな祝福へと導くもととなりました。
福音の種を植える働きをされた羽鳥先生。天国でお会いして、感謝の気持ちをお伝えしたい!

しん1

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