ハレルヤ!

NHKのニュースでは、台風5号が四国にまもなく上陸と伝えている。
そして今、私は室戸岬のホテルの部屋から、狂った空と荒れた太平洋の海を数十メートル先に見ている。

7月が怒涛に過ぎていったことが、頭の中を巡る...伝道チームがテキサスから見え、日本のゴスペル音楽のパイオニア的存在のディレクターにレッスンを受け、さらにNYからもゴスペルディレクターが来て、多くの人にワークショップを施してくれた。

彼らは、パワーがある。神さまにチャージされたエネルギーは、海の向こうからやって来て、そのことをまだ知らない人達に、温かく優しくフレンドリーに、主の愛について語りかけ、そして深い祈りを与えてくれる。
ある人は、静かに受け止め、ある人は、戸惑う。ある人は勇気を貰ったと言い、ある人は、知らなかった時より、ずっと知りたくなったと言う。

また、新しいニュースが入った。台風は、やはり上陸したと...瞬間、風がピタリと止み、分厚い雲の断層の隙間に、わずかな光が透けて見えた。
台風の目の中に入ったのだ。
どこに隠れていたのだろう...羽を休めていた赤とんぼが数百匹と言う単位で一斉に飛び出して来た。一匹ずつ十字架を背負って飛び回っているように見えた。
激しい嵐のど真ん中に十字架が在る。嵐は激しいと見えても、中心は実に静寂なのだ。嵐の中でも主はいらっしゃる。
昼には空模様も回復するでしょう。
赤とんぼのように、帰路に着く飛行機が飛び立ちますように...。

by MxM

時折、港から船の汽笛が聞こえる高台の小学校。放課後になるとキッズクラブの部屋は帰って来る子どもたちで満杯になる。
「外遊びの時間だよ」の声で一斉に駆けだして校庭へ。日本、中国、フィリピン、アメリカ、スリランカ・・・いろんな国で育った親を持つ小学生たちが、広々とした校庭を子犬のようにじゃれ合いながら駆けまわる。入学したばかりの子と上級生がまぜこぜで「ドロ警」と呼ぶ鬼ごっこに興じる。
支援員として通い出して12年、ここの子どもたちの姿に惹かれ続けている。
このところ室内で目立つ将棋盤に向かう姿、クリーニング屋のおじいちゃんが開いた将棋教室に通う中国の子どもが先生役で、駒の並べ方から丁寧に教えている。
「ひふみん」の愛称をもつ老将棋名人が、後輩の活躍を喜ぶコメントがニュースで流れた折、「ひふみんこと加藤一二三さんは敬虔なクリスチャンで、何かあると一日中礼拝堂にこもって祈っていたんだって」と語る人がいた。放課後に集まる子どもたちの中には、祭壇に供えた食べ物だけを口にし、動物の脂は絶対食べない子もいる。それぞれの家庭で大事にしている信仰のこと、母国のことをはっきりと伝える子も多い。

「多文化共生」、確かに大変である。このキッズクラブでももちろんもめ事はある。
しかし、真昼のキッズルームで両足にハンディを抱えている男の子と普段は頑固でとっつきにくい男の子が、一緒になってマンガ描きに熱中している。生まれつきの足のハンディのため、何かあってはいけないと、大人のスタッフとの関わりを中心に過ごしていたこの子を仲間として迎える子どもが現れる。

改めて、神様はこのように人を創造されたのだと教えられる。愚かな大人は、この子ども達の姿をみて、己を振り返らねばならぬ。

「そこで、イエスは一人の子供を呼び寄せ、彼らの中に立たせて、言われた。「はっきり言っておく。心を入れ替えて子供のようにならなければ、決して天の国に入ることはできない。
自分を低くして、この子供のようになる人が、天の国でいちばん偉いのだ。」
(マタイによる福音書18章3-4節)

By おたね

JOYチャペルでアメリカから来られた宣教団の方々が、日本文化体験のためにけん玉で「♪もしもし亀よ」をしているのを見て、私のクリスチャンとしての歩みも亀みたいにとても遅いな〜と思ってしまいました。
私は教会に通いだしてからクリスチャンになるまで10年かかりました。そして14年経った今も、まだクリスチャンとしては"こども"です。
なぜそう思うかというと、自分がクリスチャンである理由や日曜日に教会に行く理由を聞かれた時に、「妻の影響で・・」と答えてしまうことが多いからです。
本当にそうなのかな?と自分に問うてみると、それだけが理由でなく自分でちゃんとクリスチャンになりたいと思っていると確信できるにもかかわらずです。
照れくさくて、そう言ってしまうのです。
最近はなるべく、「妻の影響で」と言わないようにしています。
また「偉いね」と言われると「全然偉くないです。むしろダメすぎるから教会に行ってるんです。」と言ってますが、この返答も20点くらいですかね〜
「こんな罪深い私のために、十字架にかかってくださったほどに、私を愛してくださっているイエス様を礼拝しに教会に行ってる。教会は素晴らしいですよ!」と言えるよう、早くなりたいものです。

byとと

我が家は、妻とまもなく4歳になる娘の三人家族です。
三人で食事をする際には、娘にお祈りをしてもらっています。

まだ4歳ですので、お祈りといっても、保育園に通ってたときに、いただきますをするときに言っていた言葉の最初に、『天のお父様』と付けて、最後に『イエスキリストの御名によって祈ります』と言うのがほとんどです。

ただ、たまに

ママを鬼から守ってください
パパをお仕事から守ってください

というようなお祈りをしてくれる時があります。

大人的な考えで聞いてしまうと、言葉としては少し変ですよね。
そもそも、鬼ってなんだろう、とか考えてしまいますね。
しかし、ここには彼女の『心から』の祈りが込められている、とふと思いました。

そう思ったときに、自分が普段言葉などに気を付けて祈っているのと、彼女のこのつたない祈り、どちらが神様に届くんだろう、と考えたときに、私は彼女の祈りだと思いました。

私達はついつい体裁を気にし、『綺麗』に祈ろうとしてしまいます。
人の前で祈るのもとても緊張します。

ただ、本当は『体裁』ではなく、彼女のように、たとえつたなくとも、『心から』お祈りすることが本当は大事ではないかと考えさせられました。

自分自身の祈りを見直しつつ、彼女には、今のつたない祈りを大事に成長してもらいたいな、と心から祈りたいと思います。

by Hiro

ハレルヤ!
JOYチャペルの7月は、インターナショナルな特別礼拝が続きます。

偶然にも、私が所属するゴスペルコーラスのレッスンも、多くの外国人ゲストが毎週のようにやって来ます。

第一弾は、JOYの特別礼拝でメッセージをして下さる宣教チームの方々。
ノンクリスチャンばかりで構成されたコーラスグループが、プレイズソングを意気揚々と歌う場面を見たら、きっと驚くと思うけれど、日本独特の音楽文化の側面でもあるわけで...どう感じたのか、私は知りたいのです。そして私達に何が必要か、彼らを通した神さまのメッセージを楽しみにするばかりです。一緒に歌える曲があるといいなぁ。レッスン終えたら、近所のお蕎麦屋さんに行って、皆さんとランチ。手打ち蕎麦の体験を楽しんで頂いて、座布団と掘りごたつに座して、お箸で打ちたてのざる蕎麦を一緒に食べる予定です。

翌週第2弾は、昨年の夏にも来ていただきました、日本のゴスペル界の巨匠、ラニーラッカーさんを招いて、ディレクションして頂きます。
フレンドリーで親切で、神さまの愛をとても分かりやすく音楽に注いで、みんなの声を一つに仕上げてしまいます。
神さまを好きになって貰うのが、僕のミッションと...計り知れない神さまの愛を知って欲しいと...。

月末第3弾は、NYで活躍しているゴスペルミュージシャンのお二人がワークショップを開催します。そのお手伝いをします。
とってもとっても大きな身体に、とってもとっても大きな神さまの愛を、リズムとメロディに乗せて、楽しく指導して下さるとのこと。100人収容出来るホールはキャンセル待ちの満員御礼状態です。

そして、この恵みのひと時の様子は、次回オリーブの香りで報告します。

遠く離れている兄弟姉妹との日本での交わりを、神さまに心から感謝します。

by MxM

 新緑の森の中に、その祝いの席は用意されていた。30年来の友人が人生の半ばを過ぎて人の妻となった。その人は、ある時には支援が必要な子どもやその家族に寄り添い、一つひとつの命を大切にしてきた人。気が付けば年齢を重ね、知らずしらず自分の心も体も随分と痛んでいた。

相手もまた老いを迎える齢の人。生みの母を含め3人の母を持つこの人は、継母が年若くして認知症を患ったため、長い間働きながら介護を担い、婚期を逸したとか。この継母は、実の子ども以上にこの人を愛してくれ、しかも聡明で美しい方だったようだ。それだけに、この人の心の中には様々なつらい葛藤と哀しみがあったに違いない。

それぞれに「人生の海の嵐にもまれ来し(新生讃美歌520番)」人たち。この二人がもっと若い時に出会ったとしても、こうはならなかったのに違いない。「優(しい)」という漢字を思い浮かべるがいい。「人」は「憂い」、苦しみと哀しみをたくさん持ってはじめて本当に人に優しくなれるのだと。神がその二人を透徹し、その心の内にある本当の「優しさ」に目を留めて結び合わせたとしたら、それは「神の業」以外のなにものでもありえない。

この二人を出会わせるために奔走した人々の中にも、最近家族や肉親を思いがけず失った人がいる。この二人は、そういう人たちの傍にも寄り添ったのだという。
そんな中でのパーティ、そこに集うすべての人が喜びにつつまれた。山の幸いっぱいのご馳走がふるまわれ、集まった友人たちの心からの祝福の言葉に、ふたりは輝く笑顔で応えた。一人ひとりの祝福の言葉が、「感謝の祈り」に聞こえたのは、私だけだろうか。

 人が新しく歩み直そうとしたときに、与えられた出会いを通して集められた人たちが、ひとつの食卓を囲んだ五月の夜。誰が言うのでもなく、神様の暖かい眼差しと祝福がその場を包んでいた。

「神のなさることは、すべて時にかなって美しい。」(新改訳「伝道の書」3:11)                                             

By おたね&父ちゃん

クリスチャンになってから「私たちは神さまに作られた作品だ。だからその意図を知り、それにそって懸命に生きるべきだ。」と教わりました。
そこで「神様の意図ってなんだろう、僕に何をしなさいって言ってるんだろう。」と40歳を越え、人生も後半戦の今、改めて考えてみました。

私は5年前、営業職から内勤職になり「売る」ことからは離れた部署になりました。そもそも始め、営業の仕事をしたくて営業職になったわけではありませんでした。それでもコツコツとやって、それなりに買ってもらいました。しかし30歳代後半で「この契約を獲得したら社内でもスーパースターになる」ような大きな交渉があまりうまくいかず、それを境に営業への情熱もなくなっていきました。ほとんどの人はそれでも①(下記)、たまに②の道を歩む中、私は「①も②もなんか違うけどそれしかないもんな」と思っていました。
しかし神様は③の道を与えてくれました。今考えると苦しみながらも営業職の経験をしたことは「いっぱい成功も失敗もした私が言うんですから間違いありません!」と堂々と立場の弱い人の意見も代弁できるためだったんだなと思います。感謝です!
①営業職で現場で売り続ける。
②営業職の経験を生かし、よりよい商品戦略を練る仕事をする。
③営業職の現場での福利厚生などを管理しつつ「もっとこうしたら働きやすい」という声を反映させる。

byとと

ハレルヤ!
今からおよそ40年ほど前、テニス部に入部した初日に顧問の先生から言われた事。新入生は、球拾いから始めます!先輩が打った球をみんなで拾い、その間にテニスコート一面に響き渡る大きな声で『ファイト、ファイトォ〜』と声をかけ合ってください!
大きな声を出すのには、ちょっと勇気が必要だった。近くにいた同じ新入部員の仲間の1人に話しかけた。『一緒に声出そうね、そうしたら恥ずかしくないね、ヨロシクね!』
これが、私と彼女の出会いだった。子供の頃から背が高い方だった私より、さらに長身で、顔も体も真っ黒に日焼けした彼女がニッコリ笑顔を返してくれて、『ファイト、ファイトォ!』と2人で同時に叫んで、2人で笑った。気の合いそうな友達が見つかった時って、当たりのクジを引いた気分。
あれから、お互い勉強して、恋をして、仕事に就いて、遠くに旅して、お嫁に行って、子供が生まれた。同じ年に父親を亡くし、息子が2人と言うのも一緒だった。
それぞれ生活が忙しくなって、学生時代の頃に比べたら、会う機会が減ったものの、年賀状が届けば元気にやっていることが伺えた。
昨年、JOYチャペルで開催されたコンサートに彼女を呼んだ。コンサートが始まる前の牧師のメッセージで、心が揺れたと彼女は言う...礼拝に行ってみたいと...その次の週から、私の隣に座って礼拝に出席している。キリスト教について、何もわからないから、どうしたらいいの?と聞かれて、牧師が、イエス キリストの御名により、感謝してお祈りを捧げます、と言ったら『アーメン』って周りの人達が口にするから、心の中でいいから、『アーメン』って呟いてね!
ねぇ、テニス部に入った時、2人で一緒に『ファイト、ファイトォ』って言ったね。神様はあの時既に、お互いが励まし合って、祈り合える友を与えてくれていたんだね。

青春ドラマじゃないけど、夕陽が沈むテニスコートを眺めていたあの日は、40年の時が過ぎて、今は朝の光に包まれた十字架を、肩を並べて見上げている。

主よ、どうか大切な友達が、信仰の道を歩めるよう、私が彼女にかけてあげらる声援を日々与えてください。

by MxM

瞬きの詩人 水野源三(1937年~1984年)さんの詩を紹介します。
彼は9歳の時に罹った赤痢の高熱によって重度の脳性麻痺を起こし、首から下は動かなくなり、ことばの自由も奪われました。身体の不自由な彼は、母親が51音を書いた文字板を指で示し、瞬きをする事によって自分の意思を伝えました。12歳の頃から聖書を読み始め、毎日欠かさずに訪ねてくれた牧師の愛によりクリスチャンの生涯へと導かれ、その後、数多くの詩を残しています。

学生時代、彼の詩に励まされ、暖かい心にされたことを思い出します。

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「有難う」
物が言えない私は 有難うのかわりにほほえむ
朝から何回もほほえむ
苦しいときも 悲しいときも
心から ほほえむ


「しゃべれない 書けない」
私のまばたきを見て、一字一字拾って 詩を書いてもらう
一つの詩を書くのに 十分 二十分 三十分
義妹の愛と忍耐によって
一つ二つ三つの詩が生まれる 
神様に 愛されて 生かされている
喜びと感謝を 詩に歌い続ける
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by しん1

4月の終わりくらいから相鉄・南万騎が原駅前の道路の両側に、色とりどりのハナミズキが咲き始める。街路樹にハナミズキが植えられるのは珍しいのだとか。
 今までは初夏らしい爽やかな花木だなあと眺めるだけだったが、急に身近になる出来事があった。
わが子のようにして一緒に12年間共に暮らしてきた飼い猫が急死した。
亡くなった日の記念の植物花がハナミズキということで、アメリカの日本語教会に赴任される牧師ご夫妻から苗木をいただいた。この花は日本語教会のあるノースカロライナの州花でもあるとのこと。ペットの死という小さな哀しみ、しかし家族である私たちには大きな悲しみに目を留めて、慰めを与えられる神様のみ手がそこにあった。
 苗木に添えられたカードに、こんな言い伝えが書かれていた。
「昔、ハナミズキの木は、今よりももっと太くしっかりしていたため、イエス・キリストの十字架に使われました。ハナミズキの木はそのことをとても深く悲しみ、それを可哀想に思ったキリストは、もう二度とハナミズキから十字架が作られないようにハナミズキを曲がった細い木にしてあげようと約束しました。しばらくしてキリストがはりつけにされ、後にハナミズキの木はキリストが言っていた通りに幹は曲がり、花は十字架の形になりました。花びらの緑は、釘の錆と血痕で茶色と赤に染まりました。花の中心はキリストがかぶせられた茨の冠のようになって、人々にキリストの惨劇を思い出させてくれるようになったと言われています。・・・」
 夫は、遺骨のそばにおかれたハナミズキを無言の内に眺め、涙を流す代わりに、「花が3つ咲いた」と言う。もういないという喪失感は埋めようがないが、花を見ている内に、12年間ありがとうという気持ちが強くなってくる。これも神様の慰めと励ましの業かと。
いつまでも身近に置いて眺めていたい想いに区切りをつけて苗木を庭に移した。今朝もほんのり赤く染まった十字架形の花が3つ、5月の陽射しを受けて咲いている。

「主よ、あなたの恵みは天にあり、あなたの真実は雲にまで及びます。」詩編36:6

By おたね

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