ハレルヤ!

私には2人の息子がいます。
年齢差14ヵ月、長男は保守的で心配性。
次男は怖いもの知らずの無鉄砲者。

ある時、幼い頃の2人は家の中で忽然と姿が消えてしまったことがあった。
血眼になって、何処に行ってしまったのか探していると、2歳の兄は押入れの中でスヤスヤと眠っていて、1歳の弟は屋根をつたい外壁にしがみついていた。
近所の人から自宅に電話がかかってきて、お宅のお子さん、家の外...信じられませんが、大きな昆虫みたいに壁にくっついてますと...寝室の窓から出てしまったのだ。

生傷絶えない弟の方は、救急車に何度乗り込んだことか...九死に一生の交通事故に遭い、前歯は上下全て失くしてもいる。腕を骨折しているにも関わらず、喧嘩を売られたと買ったら、複雑骨折に病名が代わり、次男のヒヤリとするエピソードは、社会人になるまで続き、学校に通わせていた時代の親子面談の帰路は、肩を落とし道の端っこをトボトボ歩く私だった。

2年前、次男は晴れて社会人になって、東京で自活するようになり、ようやく心配ごとは収束すると踏んでいたが、その年齢にあった警笛は鳴り止まなかった。

ある時朝早く、宅急便の荷物が届いた。
配達のお兄さんが一言!寝袋50個、テント30個お届けで〜す。
こんなのは序の口で、一人暮らしのワンルームに置けないものが次々と配達された。

そして最近、その次男からメールが送信された。
『母さん悪い、お金貸してくれ』だった。
加えて『俺、仕事で一年インドに行くことになった』。
会社がデリーに支社を開設するということで、自己推薦で挙手して決まったと。
高校も大学も、いわゆるAO入試。コツコツと勉強して受験した記憶のない息子は、会社勤めしてもそうだった。
幾らかは会社が準備金を用意してくれるみたいだが、貯金ゼロの息子にとって、インドでの生活は不安が募るのだろう。

礼拝メッセージでは、何度も放蕩息子のたとえ話を聞いてきた。

我が次男は正に来週、親からお金を借りて、インドに旅立つ。
一年後、果たして私は、様々な経験をした息子に走り寄って、よく帰ってきたと、新品のスニーカーを履かせて、好物の鶏の唐揚げを作って待ち構えるのだろうか?

聖書を読んで、本当のところ疑問が残る箇所を、主は私に一番分かりやすく体感させてくださる。インドのデリーと言えば、空気が非常に汚れていて、水は全てまともに飲めず、摂氏50度近くまで気温も上がり、犯罪も多発する場所だ。
デリーの街で、主の導きが次男にあることを祈る。

by MxM

ラジオ牧師、大衆伝道者として活躍された羽鳥明先生が、4月10日に96歳で天に召されました。その数日前になぜか羽鳥先生のことが気になり、現在どのようにしておられるのかと思い、インターネットで初めて「羽鳥明」という文字を検索しました。そして今は引退しておられることを知りました。 検索から1週間後ぐらいにニュースで、数日前に天に召されたことを知り、とても驚き、不思議に思いました。

私がアメリカ留学中、ある教会の集会に友達に連れられて行ったときに、メッセージを語っていたのが羽鳥明先生でした。その福音のメッセージを通してイエスキリストを信じる信仰へと導かれました。
毎週、礼拝の賛美練習の前に、奉仕者みんなが心を静めるために輪読しているテキスト 「今日の詩篇 明日の詩篇」は先生の著書です。
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羽鳥先生は、大衆伝道者として、日本中、世界中を駆け回って、福音を宣べ伝えている方でしたから、私が先生を通してイエスキリストに導かれたなどということは全くご存知なかったことでしょう。しかし、その働きは、私の人生を大きな祝福へと導くもととなりました。
福音の種を植える働きをされた羽鳥先生。天国でお会いして、感謝の気持ちをお伝えしたい!

しん1

私達親子が初めて教会学校に参加したのは、息子が小学1年生、娘が生後8ヶ月の時でした。

当時の教会学校は、小学生の兄や姉と一緒に小さい妹や弟も参加するスタイルで、2~3才の子どもから小学校高学年の子どもまで一緒に学んでいました。

息子はキリスト教保育の幼稚園に通っていましたが、卒園してしまうと聖書を開く事がなくなるのがもったいないと思い、又、我が家はクリスチャンではありませんでしたが、聖書に書かれていることは素晴らしかったので子育ての道しるべとして、又、将来子ども達が人生に悩みつまずいた時に聖書からヒントを得て欲しい...
そんな思いで友人に誘われた教会学校に参加するようになりました。
当時のスタイルは、礼拝の前の時間に、お祈り、賛美歌、聖書のお話、工作等だったように記憶しています。

あれから14年たった今ではクラスも増え、幼稚科、小学科、中、高、青年科、お茶の間(大人のクラス)と多様になりました。

「小学校の友達はゲームをして遊んでいるになんで僕は教会に行くの?」なんてぼやいていた息子も日曜日にしか会えない友達に会うことが楽しみになり、やがて中学、高校、大学と教会で一緒に成長していく中でお互いが良き理解者となり、助け合い励まし合う関係を築いていきました。いつか離ればなれになったとしても、信仰で結ばれた信(親)友です。
そして、そんな息子は今ではCS 小学科の教師としてお手伝いさせていただいています。

娘も同じ年頃の友達と日曜日に会えるとホッとするのでしょう...
思春期の難しい年頃になり、親にはあまり笑顔を見せてくれませんが、彼女といるときはとても良い顔で過ごしています。
彼女達もこの先、良き友達、良き理解者として成長していって欲しいと心から祈っています。

神のなされることは皆その時にかなって美しい(口語訳聖書伝道の書3:11)

By ゆかりん

ある老人ホームの朝の集会室。「ジャガイモの種芋を植え付けましょう」と呼びかけたら8人の方が集まってこられた。種芋はどれも赤黒い芽を付けている。芽が出やすいように芋を切ってくださいと声をかけると、われ先にと包丁を握って、芽を見つめるまなざしは真剣そのもの。日頃は気が合わず口げんかの絶えない人達も、この時ばかりは芋しか見てないからもめることもない。

この方々と野菜や花を育てるようになって10年。ひょんなことから「園芸療法」というのを知り、学んでからのこと。病気やさまざまの障碍と共に暮らす生活を草花や野菜たちがどんなに豊かに支えてくれるかを見せていただいてきた。「統合失調症になって家庭にいられなくなった」、「家族に虐待を受けた」、「トラブルに巻き込まれて全財産を失った」等々、会話の端々に、頼るべきもの、支えを失ってここにたどり着いた、お一人おひとりの人生が顔を出す。

「先月の園芸の時間に蒔いた芝の芽がまだ出ない。隣の人のは出たのに。わたしのは全然生えない」と怒り出した女性は、この活動の10年変わらないメンバー。収穫の時を楽しみにし過ぎて、しばしば一足先に味見してしまい、他のメンバーを怒らせる。
小さないざこざはありつつも、種が芽を出し、花を咲かせ、実をつける、そうした植物の営みが、お一人おひとりにあたりまえの暮らしのよろこびを運んでくれる。

園芸療法の先生から聞いた種の話が心に残っている。「小さい種は、一粒ポツンと蒔くより2、3粒一緒に蒔く方が芽が出やすいんですよ」。わたしたち人間も神様に蒔いていただいた小さな種のようなものだろう。ポツンと埋もれて芽が出ないと焦る、隣でも、そのまた隣でも、似たような種が埋もれている。しかし、互いにぬくもりを感じ合えれば、こわばった心が和らいで、少しずつ伸びる芽が見えてくるに違いない。本当に祈り合う人たちに出会った今、そう信じられるようになった。

「地は主の恵みに満ちている」(詩編33:5)
「どんな願い事であれ、あなたがたのうち二人が地上で心を一つにして求めるなら、わたしの天の父はそれをかなえてくださる」(マタイ18:19)

by おたね

ハレルヤ!

年明けて間も無く、多くの方が観賞された映画『沈黙』の舞台となった長崎を旅して来ました。

長年暮らしている横浜の文化と近しいことや、坂道の多い街並みには親近感を覚えます。父が勤務していた会社の造船所もあり、貿易港として栄えた経済の跡形も、横浜港のそれらと似ていて、キリスト教伝道の歴史の足跡もまた教会群の佇まいに、その息吹を感じる旅でした。

遠藤周作と言う作家は、私に奇妙な人生の印影を付けた人物です。
結婚前、夫の実家に遊びに行った時、2センチほどの埃に埋もれた倉庫の書棚から、『海と毒薬』『私が棄てた女』そして『沈黙』の3冊を見つけて読んだのが、遠藤周作文学との最初の出会いです。

その後、何冊か立て続けに読みましたが、ある一冊の本の帯に、我こそは悪女、本当の悪とは何かを言える人を募集しています、と印刷された内容が付帯されいました。クリスチャン作家が、随分と面白い挑戦状を贈るなぁと、闇の奥底に隠されたものを暴露する悪人などいるのかしら?と驚いたことを覚えています。
数年したら、今度は劇団『樹座』団員募集の記事を何かで知り、光の中に人を誘き寄せるなんて面白い!子育てがひと段落ついたら、応募してみようかしらと考えたものです。
結局、どちらも挑戦しませんでしたが、悪の正体について考えることも、光の存在について証明することも、当時の自分は怖気付いていたのだと思えます。

長崎の旅では、遠藤周作文学館に立ち寄りました。この日は快晴で、紺碧の空と海のロケーションが、建物の向こうに広がっていて、穏やかで静かな海にもてなされた気分でした。

『人間が こんなに 哀しいのに 主よ海があまりに 碧いのです 』
沈黙の中の一節です。
スマホに収められた風景は、まさにこの言葉のまま。

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ところで、遠藤周作の投げかけた問い、悪の正体についての回答ですが、自分の命が半世紀の時を刻み、その頃にはなかった経験を踏まえて答えるならば...決して、悪について語らない、心の奥底に眠っていようとも、主に向った祈りにより目覚めることはないのだと、置き換えたいと思います。

by MxM

生活をしていると、人に話したくなること、相談したくなることってありますよね?
私は比較的少ない方ですが、それでも話したくなることはあります。
嬉しいことのおすそ分け、愚痴、悩み相談 etc

そういうときに、話し相手になってくれる人はどれだけいますか?

さらに質問します。
そういうときに、『心から』話せる人はどれだけいますか?

この、『心から』というのは、相手がそれを聞いてどう思うか、などを気にせず話せる、ということとして考えてみてください。

私は『普通に』話せる人はそれなりにいます。
しかし、『心から』話せる人は、片手で数えるほどしかいません。
特に私は自分のことを話すのが苦手で、妻にも自分の気持ちを伝えられるようになるのは時間がかかりました。

ただ、一人だけ、出会ったその日から、『心から』話せる人がいました。
それが主なる神様です。

神様はすべてを受け入れてくださいます。
むしろ、神様はすべてをご存知ですから、回りくどい言い方をしたり、隠そうとしたりしても、すべてお見通しなのです。

私のことをここまで知っておられる方が常に寄り添ってくださっていることほど心強いことはないと、改めて感じました。
これからもその恵みに感謝しつつ、日々の生活を送っていきたいと思います。

by Hiro

どんな願い事であれ、あなたがたのうち二人が地上で心を一つにして求めるなら、
わたしの天の父はそれをかなえてくださる。
マタイによる福音書18章19節

聖書の中に出てくる「心を一つにして」という言葉。
これは、言語のギリシャ語のスュンフォネーという言葉が使われているそうです。
つまり、英語のシンフォニー、交響曲。

すべての楽器が合わさって、初めて神様に届く祈り。
フルートが吹くのをやめちゃった、とかシンバルが鳴らし損ねちゃったとか。
もちろん目立たないと思われる音でさえも欠落してしまったら、神様は私たちの祈りに応えられない。だって、それではシンフォニーにならないから。

私たちが家族や友人と祈る時、また祈祷会や様々なスモールグループで祈る時、一人残らず全員が心を合わせて祈るならば、神さまは祈りに応えてくださるというのです。

2人以上が心を合わせて祈る時、神様はそこにいてくださいます。

by りかち。

月曜日って気分が重いですよね。みんな本当にだるそうです。
私の昔の生活は土曜の夜、遅くまで起きていて日曜日は昼頃の起床でした。そのせいで日曜夜は眠りが浅く、月曜の朝は「ん〜やれやれ、今日から仕事か〜、1週間始まっちゃうんだな〜」という感じでした。
でも今は少し違います。クリスチャンは1週間の始まりが日曜日なんです。日曜日に礼拝(横浜JOYバプテス教会では10:30から)に出て、私たちの創造主である神様と向き合ってからスタートする。月曜日から仕事が始まるのは変わってなくても、「準備が出来ている」「充電が完了している」感じです。
あなたもいかがでしょうか。体のリズムもよくなりますよ!

byとと

ハレルヤ!

毎年イースターが近づくと、北向きの玄関アプローチに、ミモザの黄色い花々が彩りを添えてくれる我が家でしたが、突然枯れてしまい、水墨画のような風景に変わり果て消沈しています。

メディカルハーブの学校に通い出し、植物の力の凄さを学んでいますが、株や根の衰退がミモザ全体に及んでいるのを観察すると、新しいミモザを植樹しても、果たして次期に花を咲かすことが出来るだろうかと悩み、しばらくの間ミモザを抜いて様子を見ることにしました。

植物療法の学校の延長で、ヨーロッパ中世の時代、ドイツで活躍したヒルデガルトと言う修道女の薬草学についても学んでいます。
宗教家であり、音楽の分野においては作曲家でもある彼女が探求した先にあるものは、現代で言う薬剤師と料理家の頭脳と内臓に直結する勘がコラボしたレシピのアラカルト。
ネガティヴな体質を、時間をかけてゆっくりと解決していくような、薬草の摂取の方法など、現代の病の傾向にある、原因が見当たらない私達の未病対策にも役立つものがたくさんあります。

ミモザを掘り起こして空間が出来たら、その土に植えるハーブを何にしようと考えていると、友人から珍しいものよと、トケイソウの種をプレゼントされました。
トケイソウは、『キリストの受難』と言う意味があります。
ハーブをはじめ、様々な薬草は聖書にたくさん登場します。このような視点から聖書に親しんでいくこともまた、楽しみのひとつとなりました。
小さなトケイソウの種、イースター前のこれからの季節...まさに神さまからのギフトですね。
by MxM

私は子どものころから「死」についてとても恐怖を感じていました。
小学生のころから「自分は死んだらどうなってしまうのか?」と考えることがしばしばありました。
自分の体はいつかこの世の中からなくなってしまう。そのとき、自分の意識はどうなってしまうのか、いま考えているこの思考はどこへ行ってしまうのだろうか、まったく無となって意識もなくなってしまうのだろうか。
考えれば考えるほど不安になり、恐怖に押しつぶされそうになることがありました。
そんなときは、「死」については考えないで、蓋をして、別のことを考えてただただ逃げるようにしていました。
しかし、ふとしたときに「死」への恐怖が蘇ってくる、また逃げるを繰り返していました。

先日テレビで、小学生の悩みについてのアンケートを番組で紹介していました。
いまの小学生はどのようなことに悩みをいだいているのか興味深く見ました。

アンケートの結果のベスト3は以下の通り:
1、なぜ勉強しなければいけないのか?
2、友達ができない
3、死んだあとはどうなるのか?

「死」について友だちと話したこともなかったので、「死」を考える自分は、人とは随分変わった子どもだったのかなと思っていたのですが、現代の多くの小学生も「死」について考え、悩みを抱えているというアンケート結果は驚きでした。

自分でいくら考えても「死」への答えは出てきませんでした。しかし、聖書には、「肉体の『死』は決して終わりではなく、永遠の命への道が用意されている」ことが書かれており、私はこのことに希望と安らぎを与えられました。
聖書を読むとき、何とかして私たちを「死」から「永遠の命」への導こうとする神様の愛を感じることができます。神様から私たちに向けたラブレター、一生かけて読み続けていきたいと思います。

「わたしの父のみこころは、子(イエスキリスト)を見て信じる者が、ことごとく永遠の命を得ることなのである。そして、わたしはその人々を終わりの日によみがえらせるであろう。」 ヨハネによる福音書6:40

by しん1

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