時の間に生きるー礼拝生活

管理人

◆私たちは、先の礼拝と来たるべき礼拝の間に、それぞれ一週間の平日の生活を送りま
す。そこに「間」の生活(日常生活)があります。具体的には、月曜日から土曜日まで
の過程の生活ですし、また職場や学校や社会の生活です。その大部分は、仕事と家庭、
社会と職場の人間関係の生活ということでしょう。これらの生活には意味と限界との
両面があります。それらの生活には意味があります。しかしそれらの生活のどれも絶
対化してはならないのです。それらの生活のどれにも限界があるからです。それらは、
中断されるのです。礼拝する者は、この中断を知っています。どこまでも職場、家庭、
学校、社会にいれば礼拝にはこれなくなるわけです。ですから、仕事や家庭の生活を
ある面断ち切って、私たちは礼拝に来るのです。その意味で、礼拝生活は、日常生活
を「限界づけている」と言ってもよいと思います。

◆人生の問題がすべてそうであるように、家庭の問題も、社会の問題も、わたしたち有
限なものの地平では究極的には解決がつきません。解決しなくてもよいのです。日常
生活を「限界づけている」礼拝生活こそ、究極的に解決の場があるということではな
いでしょうか。ですから、限界があることは、実は素晴らしいことなのです。それは、
それ自体にそなわった素晴らしさではなく、それを越えた「礼拝生活」を指し示す象
徴になるからです。

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