主につながっていたい

Shin1

◆先週は、毎年恒例のファミリーキャンプでした。メッセージ、賛美、証し、会堂建築後についての話し合い、野外スポーツ、温泉、さらには普段の生活では決してお目にかかることのないようなおかしすぎる出し物と、本当に充実した恵み豊かな2日間でした。キャンプが終わるころ、何だかほんわかとした和やかな気分になるのはいつものことであり、今年も参加できてよかったと思うのでありました。

◆この和やかさは一体どこから来るのかと考えてみると、やはり、教会は神の家族であるということに行き着くように思います。私たちは日々の生活の中で、喜びや悲しみ、楽しみや苦しみなど、いろいろなことに出会います。しかし、それらすべてのことが神の摂理の中で起こっており、その中で私たちが生かされていることに気づくとき、どのようなことにも感謝できるようになっていくのでしょう。そして、主につなげられ、神の家族の一人として育まれ、その中での交わりや分かち合いを通して、心の中に何とも言えない平安が生まれてくるように思います。

◆主イエス様は、「人がわたしにつながっており、わたしもその人につながっていれば、その人は豊かに実を結ぶ」(ヨハネによる福音書15章5節)と約束されています。主につながるために、私たちは一体何をすればよいのでしょうか?何か取りつくろったり、いろいろと努力したりする必要はないように思います。主は、一方的に私たちに手を差し伸ばして招いておられるのです。たとえ私たちがどんな人間であろうとも、どんな罪人であろうとも、ただありのまま、私たちが救いを求めて主に手を差し出せば、主がその手をしっかりつかんで下さり、私たちを引き上げて下さり、私たちを整えて下さるのです。そして、豊かに実を結ばせて下さるというのです。

◆私たちは、主を忘れて知らぬ間に自分を中心としてしまっていることが多々あります。しかし、そのような時も主が私たちの目を覚まして下さると信じて、そしていつもそのことに感謝して、主につながって豊かに実を結ぶ人生を送っていきたいと思います。

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