『  慎重で注意深い 〜フィリポの場合 ②〜 』 11/20

Shin1

◆イエス様のみことばを聞こうと多くの群衆が集まって来た時、彼らが空腹なのを見て、イエス様はフィリポに、この人々の食事を用意するように言われました。フィリポは現実的に考え、素早く計算して5000人の食事を用意することは不可能と報告します。

◆ところが、頭の回転が早くないアンデレが周囲を見回し、大麦のパン5つと魚2匹を持った少年を発見し、その少年をイエスのもとに連れて来たのです。イエスさまは「5つのパンと2匹の魚で5000人が食べ、残りが12のかごにあふれた」(ヨハネ6:5〜13)奇跡をなさいました。

◆フィリポの決定的な弱点は、知的能力に優れていましたが、すべての判断と計算に、イエス様が全く入っていなかったことです。

◆「不可能だ」「限界だ」「無理だ」、「ああ、もう終わりだ」...そんな時、聖書の中から、「しかし神は」「けれども神は」「ところで神は」というみことばをさがしてみましょう。私は時々、このことばをさがしてみて涙があふれることがあります。

◆そこに主イエス様がおられるのです。計算の限界で縛られていたフィリポは、イエス様に従うなかで、その限界の鎖を絶ち、すべての思考にイエス様をお迎えする人物に変えられました。

◆良い教会とは、イエスさまが大きく見える教会です。イエス様のみことばが力強く伝えられ、イエス様を讃美する声が高らかに響いている教会です。「来て、見なさい」と言ったとき、教会はイエスを見せてさしあげることです。

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