『 荒野大学必修科目 ~待つことの美学~ 』 7/1

Shin1

(定例祈り会より④)
◆モーセは荒野において「待つこと」を学びました。性急に事を行なおうとして深刻な失敗をしたモーセは、荒野に追いやられました。そこで悟った大切な学びは、みこころを成し遂げるためには、「待つこと」だということです。
「神が命令される前には動かない」という告白が大切。すべての計画が闇から始まったか、神から始まったかを点検しなければなりません

◆荒野でイスラエルの民は、たびたび不満をこぼし「なぜ、こんなことをしてくれたのだ」と嘆きモーセを責めました。そのような時、神は待つことを命ぜられます。じっとしているということは、決して投げやりになってしまうことではありません。ただ神の助けと力を求め、神が戦われるのを待つことです。

◆イスラエルの群れは、ファラオの軍隊に追いつめられました。前には紅海、後ろには敵軍が迫り絶対絶命です。私たちの人生にも、そのような時があります。

◆神はそんな私たちにどのように命じられるのでしょう。「静かにしていなさい」と命じられます。じっとしているということは、決して投げやりにしてしまうことではありません。ただ神の助けと力を求め、神が戦われるのを待つことです。

◆霊的生活とは、待ち望みつつ生きることであり積極的にこの瞬間に留まることです。何かしら新しいこと、すなわち、自分の抱く想像や予想をはるかに超えたものが、私たちの身の上に起こることを期待することです。待つことは信仰です。

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