〜オリーブの香り〜No177 『この子らを世の光に』

Shin1

この夏、「隣人に出会う旅」に参加した3名の青年が、久山療育園の人たちとの交流から学んだことを発表するのを聞いた。なんと素直で感受性に富み、やさしい心を持った青年たちがここにいると嬉しくなった。
「障害がある人が真ん中にいる」、「他の人より必要な手助けがちょっとだけ多いだけ」、「私たちがもらったもののほうが多い」なんて、頭ではわかっていてもそうそう言えることではない。
現在、分野は違うけれど社会福祉事業に直接携わる者として、改めて原点の大切さを思い起こさせる報告であった。
この報告を聞きながら、日本における障害児の父と言われる糸賀一雄先生の「この子らに世の光をではなく、この子らを世の光に」という言葉を思い出した。
障害者への偏見と差別が厳然と残っている時代(戦後すぐから1960年代にかけて)に近江学園、びわこ学園を創設し、今日では当たり前のように言われている共生社会、発達保障を主張し、生涯を障害児の療育に奉げた人である。
久山療育園理事長の山田雄次先生は、バプテスト心身障害児(者)を守る会の会報「愛の手を」の中で、久山療育園で成人式を行った時の感想として次のように書かれている。
「今年、お祝いを受けたのは男女1名ずつでした。重い障害を抱えて生きることの中で、愛されてみんなと共に生きる存在として、人の生き方、いのちの営みの豊かさということをいろいろな形で周りの人に気づかせ、成長の途上にあるお2人でした。
障害児の父と言われた糸賀一雄先生が『この子らに世の光をではなく、この子らを世の光として』ということばを残されましたが、それは成人式を迎えられたお2人のように、周りの人たちに支えられて生きる中で逆に周りの人たちにいのちの豊かさについての気づきを与えて生きておられる重症児者の生きざまそのもののことを語っておられるのだということを知らされた成人式でした」(2015年3月1日発行 第178号)
久山療育園が開設される直前、当時大学生だった私は、田隈バプテスト教会で行われた久山療育園についての1泊2日の学習会に参加したことを思い出した。当時から持っていた理念「重症心身障害児を施設に収容して守るのではなく、地域の中心に位置づけるための働き」がその後も脈々として継承され、現在では在宅支援の働きをますます強められていることに大きな感銘を受けている。
全国的にも高く評価されている久山の取り組みは常に原点(理念や使命)を大切にすること、そのために「友の会」等の支援者、ボランティア、地域の方々との連携、いわば「運動性(Movement)」を大事にしてきた結果なのだと思う。
そして、一人ひとりの障害がある方の心の叫びや痛みを分かち合い、共に進むために、多くの祈りと具体的な支えがあり、神様の計画の下、豊かな出会いと協働や交流があったことを心に留めたい。

By とうちゃん

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