今週の一面『神さまが自由に働かれる教会』4/29

Shin1

◆人には寿命があるが、教会にも寿命があるのかもしれない。先日ある教会に行った。かつては幼稚園もあり、にぎやかな教会だったようだが、今ではお年寄りばかりだという。これは少子高齢化以上に難しい状況だ。次を担う若い人がその教会に来てつながるとは考えにくく、何かしら大変革が起きない限りは、教会の寿命も尽きてしまうかもしれない。日本の多くの教会で、このようなことが起こっているのではないか。

◆人は本来保守的な生きものだろう。現状に満足して落ち着いてしまうと、それを神さまに与えられたものとして、何とか守っていこうとするのは理解できる。しかし行き過ぎると、知らぬ間に人の思いに固着して、何か新しいことをやろうにも強烈な抵抗力が働くようになる。まさに人の満足が神さまの自由な働きを妨げるのだ。こうなると、教会は硬直化し、収縮スパイラルに陥って寿命がつきることにもなりかねない。

◆果たしてJOYはどうだろうか? 少し前までは、幼いこどもたちがいないとか、中堅の30代がいないなどと、ちょっと不安に思うこともあったが、気が付けば、それらを埋めるような方々が、わさわさと集結している。また、大胆にも隣の土地も買ってしまったし、かなり若い牧師先生にも来ていただいたし、まさに神さまの自由な働きにより、春になってどんどん新しい芽が出てきて、これから大きく育っていくかのようだ。

◆教会では、私たち自身が神さまから様々な祝福をいただきたいと当然思う。しかしそれ以上に、私たちがまだ知らない次に来る方々に対して、神さまの恵みと喜びが与えられるようにすることが、教会に求められていることだろう。それによって教会もどんどん育っていくのだ。私たちが自己満足にとらわれることなく、いつまでも、神さまが自由に働かれることを喜びとする教会であるよう祈っていきたい。  

宮崎英剛

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