礼拝堂をお借りしてのゴスペルレッスンも、今年いっぱいで終了となります。
この4年間、私達メンバーは、どれほどに感謝の気持ちを抱いて、石田先生、松崎先生の二人の牧師のメッセージを受け止めていたか...何を持って、その気持ちを表すことが出来るのでしょう...。
一つの歌を完成させました。
今年のクリスマスコンサートに披露する予定です。
この4年間、ノンクリスチャンのメンバーに、日曜の礼拝に来てと言うより勝る、おそらく私の心の一番奥に佇んでいる想いでもあります。
和訳した歌詞の一部を載せます。
その方を見たらわかるだろうか
イエス様がおいでになったら
ある日あなたの家のドアをノックするかもしれない
その時、その方を招き入れますか?
新しい星を見たらわかるだろうか
その星を追って共に祝うだろうか
この世に貯めた全ての宝を投げ出して、あの方のために、お祝いの品を用意できるだろうか?
今夜、私達は祝おう
この聖なる夜に
私達に神様の愛を示すために
私達のもとにいらした、あの幼な子へ
その方を招き入れますか
あなたの心に受け入れますか
☆録音した歌をお聞きください☆
Will You Know.mp3
「天の下では、何事にも定まった時期があり、すべての営みには時がある。生まれるのに時があり、死ぬのに時がある。(伝道の書3:1~2)」
先月末に地上での旅路を終え天国へと召された姉妹の葬儀に参列いたしました。Y姉の人柄が偲ばれるような柔らかい日の間に包まれたような暖かい式でした。
Y姉とは息子を育てる母親として、そして世代の近い友人として折に触れてお話しすることがありました。物腰が柔らかく、静かな微笑を絶やさない姉妹は、大変な育児を経験しているはずなのに怒っている姿を想像できないほどに優しいお母さんでした。そして子どもから片時も離れられない心配性のお母さんだったことを覚えています。そんな姉妹でしたので、病気を患ったことで周りには計り知れないほどの不安や恐れに支配された時期もあったのではないかと思います。それでも病気を経て姉妹はあの細い身体からは想像できないほど力強く「イエス様がベッドの下にいてくれて、私の重荷を担ってくれているので、私は安心して任せられます」と顔を輝かせて話しをしてくれたことがありました。また、身体が辛い時でも「礼拝に出たい」ということをよく話しており体調の許すかぎり電車を乗り継ぎ礼拝に駆けつけていました。姉妹と教会で会うと私が話しかける前に必ず「Yさんのこと祈っていますよ。元気な赤ちゃんを産んでくださいね。」と逆に励まされることが何度もありました。そんなとても敬愛すべき素敵な姉妹でした。
白を基調とした花に囲まれて静かに微笑んでいたY姉、その表情は全ての不安や恐れ、苦難から解放されて、神様のそばで安息を得ているように穏やかであり、「本当にお疲れさまでした。ゆっくり休んでくださいね。」と思わず声をかけてしまうほどに安らかな笑みを湛えていました。最期にご両親と一人息子のRくんと一緒に礼拝ができてよかったですね。さびしいですがまた会える日まで。
by YS