図書館の絵本コーナーで懐かしい絵本を見つけました。『おかあさん すごい!』という絵本です。子どもたちが小さい頃よく読み聞かせた大切な1冊です。そうそう、この時期の私、「お母さんってすごいんだ(すごくなきゃいけないんだ!)」って思っていました。家事をこなし、仕事をし、子ども達のことを何より大事に考え、いつも優しく笑顔でいるスーパーウーマンそんな風にいる存在だと、そしてそんな風に私もなるのだと。だからこの本を見つけたとき、そんな内容を期待して手に取ったのでした。

~オリーブの香り~No149  

Shin1

最近やらなくてはいけないことがたくさんあり忙しい。
しかし、そんな焦った気持ちを和らげてくれる出来事があった。
この間友人E君が歯医者に行った時のことである。
E君は、歯医者に歯の汚れを取りたいと伝え、椅子に座った。
歯医者は、「まずはお口の中を見ますね」と言い、
E君の顔にタオルをかぶせ、口の中を調べ始めた。
しかし、その間暇なE君。何もすることがないので、舌で口の中を探っていたらしい。
すると、奥歯のほうにしこりがあることに気が付いた。
「あれ...?」

E君は不思議に思いながらしこりを触っていた。
すると歯医者が笑い始めたので、E君は何かと疑問に思った。
先生はなおも笑いながら、
「それ、先生の指やで」と一言。
この話を聞いた時、笑いとともに不思議にも心に余裕が生まれた気がした。
私たちは日々日常の中で、人間関係、仕事、バイト、勉強など、様々なことに時間を
取られてしまっている。その要因は様々で、立ち止まるのがこわいからだとか、
今の状態がベストだからだとか。人それぞれだと思う。
しかし、忙しさの波に流されないこと、自分自身を見失わないこと、
今ある環境の中に喜びを、楽しさを見出すことは大切なのではないかと感じている。
今日もまた新しい日が始まる。
自分の中に何か一つ楽しいことを見つけてみてはいかがだろうか?
by マッキー

●卒業式シーズンですね。
先日ドラッグストアに寄った際、
「暮れなずむ街の光と影の中、去り行くあなたへ贈る言葉」
と女性ボーカルで館内放送の音楽が流れていました。

●そう、三年B組金八先生の主題歌で1980年に大ヒットした海援隊のカバー曲。
この私も中学生だったあの頃。もう35年前にもなるんですね。。
ドラマ金八先生を夢中になって見ていたあの頃、『贈る言葉』も大好きでよく口ずさんでいました。

●歌詞の中に、
「人は悲しみが多いほど、人には優しくできるのだから♪』という一節があります。
当時は「そうなんだろうなあ」となんとなく思っていましたが、今考えると、悲しみばかりのところに優しさは本当に生まれるのだろうかという疑問が湧きます。

こんなつらいことが、本当に神様の計画だろうかとその時はいつも疑ってしまう。しかし、時を経て初めて神様のご計画であり、恵みを受けたのだとわかる愚かさ。「あー、信仰の薄い者よ」という神様の嘆きが聞こえてくる。そんな私の人生の岐路にあって受けた恵みを紹介しよう。

新しい歌が生まれました。

礼拝堂をお借りしてゴスペル練習を積んでいる私達に毎回お話をしてくださる牧師の放った言葉が、メンバーの心を捉え、その詞を使いブギウギの軽快なリズムに合わせて完成しました。

いつだったか、生と死について話して下さったときのこと。
肉体的な生まれる、死ぬということではなく、body mindに注がれるspiritの意味を学ばせて頂いて...

今日が生まれたてで、未来に向かっては今日が一番若い日!なんですよ〜と。
30代から60代までの女性が所属しているグループですから、『若い』という言葉には過剰反応してしまい、それ以来挨拶変わりに、私今日が一番若い日、あなたも今日が一番若い、をよく口にするようになりました。

神様と繋がっているということは、毎朝、新しい命を頂くこと。

未信者の彼女達の位置に合わせて、府に落ちるように話して下さり感謝です。

サビのメロディに向かう盛り上がりの箇所で、私達は大きな声で歌います。

『牧師がこういうの♪今日が一番若い日♪』未熟な私達に、これから先もたくさん学ぶことを若いと言う言葉に携えて教えて下さったあの日に感謝します。

by MxM

・東京 吉祥寺の友人から種をもらいました。
 「これ、ツタンカーメンといってベランダで育てられます。
  さやえんどうと同じ実が収穫出来ます」
 頂いた種はごく普通に見える朝顔のような種でした。
 昨年11月に、プランターに種5つ入れ土をそっとかけました。
 今ツタンカーメンのツルは30センチぐらいになりました。
 種は生きているとつくづく思います。

・花の原種にこだわって庭作りをしている人にお会いしました。
 山の中腹で結婚式場を経営されてます。
 その庭、そこには原種の小さなチューリップのつぼみ、シクラメン、
 スノードロップなどなど・・
 それぞれお花屋さんで見る立派で色あざやかではありませんでしたが、
 以前イスラエルを旅した時、野に咲いていたシクラメンの原種と同じでした。
 原種の花は茎も細く、葉っぱも小さくて色も薄い薄いピンク色でした。
 イエスさまが仰った(野の花)とはこのような花だったのでしょう。

・昨年12月息子たちの家の庭にそっとヒヤシンスの球根を3つ土に埋めてきました。
 時々芽が出ているかと覗いてみますが、どうも2つは庭を走る犬の風太君に
 掘り返されたようで見当たりません。
 1つだけ土の中から緑の芽が出ていました。
 暖房の部屋のなかで水栽培で1週間で満開になるヒヤシンスも好きですが
 土の中から芽を出す姿は力強い生命を感じます。

子育てをしていると悩みはつきません。これは誰もがもっている共通の認識ではないでしょうか。例外なく私もその一人で、職場で出会う子ども達の親子関係をみる時は客観的にみる余裕があるのに、対自分の子どもになると全く感情のおもむくままになりがちで、イライラしてしまったり、こんなはずではなかったのにと悔やんだり、悩み多き母親になってしまいます。子どもに対する期待と現実の子どもを比べてみたり、想い描いていた理想の子育てとのギャップに苦しんだり、敗北感に打ちのめされることが多い日常を過ごしています。

そんな私の救いは、聖書の御言葉と教会の兄弟姉妹から教えられることです。教会を通して、その時その時の子どもたちのありのままの良さを教えてもらえたり、気づかさせてもらうことが多くあります。それは、「何を持つか」に価値をおく子育てを前面に出すと、子どもの足りなさに目がいき、所有することに躍起になり心がそれにとらわれてしまいます。でも子どものありのままに目を向けていき、「どのようにあるか」を大事にしていったとき、そのことを通して親子でよい時間を過ごし、楽しみ、発見し、本人らしくいられる幸せを感じることで子どもに自信がわき、新たな可能性を見出していく一歩となっていることを体験させてもらえているのです。

「わたしの目にあなたは価(あたい)高く、貴(とうと)く わたしはあなたを愛してる」(イザヤ43:4)という聖書の御言葉は、私らしさ、子どもらしさを、そのまま受け入れてくれ、子育てする上で、私のなぐさめとなり、励ましになってくれています。

by Y.S.

最近は、うまくいかないことが多く、本来「内罰型」人間のとうちゃんは、部下のミスであっても、「あの時自分が確認していれば、フォローしていれば」とか「彼に仕事を担当させた自分が悪い」とか思ってしまう。その内、酒量が増え、気が付くと自分の心がずたずたになっている。

そんな時、北城恪太郎氏(ICU理事長、元日本IBM社長)の言葉に出会った。
「・・・・仕事を始めてみると失敗したり悩んだりするものです。そんなとき励ましてくれた言葉は、『神を愛する者たち、つまり、御計画に従って召された者たちには、万事が益となるように共に働くということを、わたしたちは知っています』(新約聖書 ローマの信徒への手紙8章28節)という一節です。おかげで、『自分に与えられた賜物で全力を尽くせばいい。結果はどうあろうと神様によって与えられた道なのだ』と考え、常に心に平安を持ちながら働くことができました」

たとえその時はつらい結果であっても、計り知れない神様のご計画なのだ、只々その道を祈りつつ歩みたいと思う。

もう一つ、「人が何かを担うのはその人に能力や見識があるからではなく、その仕事を神様が用意してくれたからだ」という言葉は大きな励まである。何か起こるたびに「自分にはその能力がないのだ」と思ってしまうとうちゃんにはとてつもない励ましである。感謝。
さあ、今日は晴れ晴れと安心して飲もう! あれ?

by とうちゃん

15年間、毎週火曜日のゴスペルコーラスで一緒に歌を歌ってきた仲間の一人が突然亡くなってしまった。
インフルエンザの菌が心臓に付いて、劇症型心筋炎になり、病院で診察している間に心肺停止状態に陥ってしまった。

あまりにも突然のことで、彼女の死を受け止めることが数日できないまま過ごした。

亡くなる直前に歌の練習があって、牧師のお話と1月生まれの仲間を祝ってから、静かに教会を後にして早退して、そのまま・・・

他のメンバーも心を立て直すことが出来ずに、日曜日に牧師先生のお話し聞いてないと、どうしたらいいか分からないから礼拝に行っても良い?と未信者の彼女たちに聞かれ、もちろんよ!と答えた。
一人は礼拝に来たことはないのに、そんな自分が行ってもいいの?悲しくて、苦しくて、行く場所ないの・・・お願いと・・・

どうしたらよいかわからなくなったら、神様はね傍に来て下さるの。

JOYという教会の在り方が、それであって良かったと思えた。
未信者の人が、駆けつけたくなる教会であったこと・・・・
息を引き取る前に、どうしても牧師の話を聞いてからと、礼拝堂に足を踏み入れていたこと・・・
神様は全ての人を御腕で抱えていらっしゃること・・・

亡くなった彼女を偲び、一つの曲を練習したくなった。
アリソンクラウスが歌う「I'll Fly Away」

宮城谷昌光は「孟嘗君」という作品の中で、孟嘗君(田文)の育ての親とでも言うべき大商人で社会事業家の「白圭」の臨終の場面で、次のように書いている。
「文どの、人生はたやすいな」
「そうでしょうか」
「そうよ・・・・。人を助ければ、自分が助かる。それだけのことだ。わしは文どのを助けたおかげで、こういう生きかたができた。礼をいわねばなりません」
「文こそ、父上に、その数十倍も礼を申さねばなりません」
「いや、そうではない。助けてくれた人に礼をいうより、助けてあげた人に礼をいうものだ・・・・・」(宮城谷昌光『孟嘗君5』講談社文庫P292)

年の初めに心うたれた言葉である。隣人愛の精神とは、このことではないのかと気づいた。しかし、こういう生き方をしたいと願うが殆ど難しいと思う。
人間はわがままで、自己中心的である。そして何より弱い。けれど、自分で自分を何度も裏切りつつ、世俗にまみれ、妥協と小賢しい知恵の中で汲々として生きていても、心の中には、こうありたいという願いを持ち続けていきたい。
神は、そのような人間の弱さを十分にわかりつつこういってくださる。
「あなたがたには、世に苦難がある。しかし、勇気をだしなさい。わたしは既に世に勝っている。」
By とうちゃん

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